地祐星 賽仁貴郭盛
唐の時代に活躍した武将の名、薛仁貴になぞられた綽名を持つ。薛仁貴をまね、戦中では白の戦袍を身につけ方天画戟を使う。
元は水銀商人であったが、船が転覆し元手を失い流浪人と身を落とす。その後、方天画戟をふるう対影山の盗賊呂方の噂を聞きつけ、同じく対影山に寨を築き、手下を引き連れ呂方と画戟の腕を競いあう。
だが呂方との戟くらべは互角、激しい一騎討ちを繰り返すが一行に勝負がつかない。ある日の戦いで戟の房同士が絡み合い取れなくなった。偶然梁山泊を目指して進んでいた宋江と花栄の目にとまり花栄の一矢で房を射、二本の絡まった戟は離れた。宋江の名は日頃から慕っていた為、梁山泊への仲間入りを勧められると呂方とともに合流した。
入山後は祝家荘、高唐州、呼延灼戦、青州、芒碭山、北京、曽頭市、東平府、東昌府と多くの戦いに参加する。主に中軍にて 宋江の護衛役だが、呂方と二人で祝虎や曽塗を討ち取る手柄をあげた。

第五十四位、梁山泊中軍を護衛する馬軍驍将となる。童貫戦の九宮八卦陣では中軍を守備するひとり。
遼国戦では、おもに宋江の護衛役、方臘戦の烏竜嶺攻めで転がってきた大石に当たり死亡。平定後、義節郎に奉ぜられる。
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