地傑星 醜郡馬宣賛
顔が醜く妻が自殺するほどてあった事から、綽名は醜郡馬。郡馬とは娘婿を意味する。人を知り、武術の腕は勇ましく宋国を思う気持も強かった。
元は朝廷の防禦使保義。梁山泊を討伐するために関勝を推薦し、自らも副将となって郝思文とともに関勝に従って討伐軍に参加するが、秦明に討ち負け囚われの身となり、関勝とともに梁山泊入りする。
入山後も関勝の副将となって北京攻めに参加。凌州攻めでは単廷珪と魏定国によって捕虜となるが、李逵に救われ、凌州を落とす。盧俊義に従い東昌府戦に参加。

第四十位、梁山泊の馬軍小彪将兼斥候となり、東の旱寨を守備する。童貫戦では九宮八卦陣の東陣の副将として参加。
方臘戦、潤州、常州、蘇州と進み、郭世広との戦いで負傷し飲馬橋から転落して死亡。平定後、義節郎に封ぜられる。
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