地魁星 神機軍師朱武
定遠州生まれで両刀の使い手、神機軍師の名のとおり知略に富み、とくに陣法に詳しい。元は少華山の首領で陳達・楊春二人の頭目と部下数百を従えていた。
短気な陳達の史家村攻めの失敗から、得意の知略を発揮し囚われの身となった陳達を助ける為に、義を尽くして史進と話し合い、次第に和を深めていった。だが中秋の節句、史進の屋敷に招かれたとき、史家の使用人王四から事が露見し、賊とのつながりが発覚した史進は生まれ住んだ家を焼き払い、少華山の山寨へ落ちのびた。一度は師匠の王進を探す旅にでた史進だが、再会は果たせず少華山へと戻る。
二竜山から、梁山泊に合流した魯智深から梁山泊入りを勧められたが、史進が華州で囚われの身となっていたため、梁山泊軍の協力と西獄参拝中の宿元景を利用して史進を救出し、陳達・楊春と梁山泊入り。
史進を大将とし、元少華山の手下を率いて芒碭山攻めに参加。樊瑞の妖術に苦しめられるも、宋江の援軍を得て芒碭山を攻め落とす。

第三十七位、地煞星の筆頭。梁山泊の機密をあずかる軍師を補佐する役目となる。
遼国戦では、軍師として盧俊義の隊に属し、玉田県、薊州、幽州攻めに参加。陣法には優れていたが、兀顔延寿の陣を見破っただけで、兀顔光の混天象陣を破る方法は見出せなかった。
方臘戦でも、盧俊義隊の軍師となり、昱嶺関、歙州攻めに参加。昱嶺関では、かつて少華山の仲間だった史進・陳達・楊春を一瞬にして失う。
平定後、武奕郎・都統領を任ぜられるが、職には就かず樊瑞から道術を学び、のちに二仙山の公孫勝を訪ね、弟子入りし天寿を全うした。
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