玉清教主微妙道君皇帝

徽宗


 北宋王朝六代神宗皇帝の子、哲宗の弟で端王。八代目の北宋皇帝となる。素晴しい芸術的天性のもち主で絵画・書・骨董と趣味豊かに人生を過ごし、妓女李師師と趙元奴を寵愛、人は風流天子と呼ぶ。青州知府慕容彦達の妹を妃としている。
 政事に無関心で重臣に趣味・芸術のつながりある人物を優先させ重く用いた。筆は宋朝の四絶のひとつと評される蔡京を太師として最高の権力を与え、蹴鞠にも熱心なことから、開封の無法者だった高俅を忠臣として召し抱え、殿帥府の太尉に大出世させ、お気に入りの宦官童貫楊戩を側におくなどして、この四人に操られる政事を行っている。
 四人の奸臣の言葉を信用し、梁山泊の宋江を四大叛徒のひとつと数え、数度の討伐軍を出すが制圧できず、招安を選ぶが人選を謝り失敗。ついに童貫が大軍を率いて討伐に向わせ、続いて高俅も大軍を率いて梁山泊討伐に向わせる。しかし二度も大敗に終わったが、病気だとか気候が悪いなどと嘘の報告を信用する。だが、李師師のところで燕青から真実を聞き、信頼ある宿元景に命じて梁山泊の招安を成功させる。
 帰順した梁山泊軍を遼国討伐に向わせ降伏させるが、宋江盧俊義にだけ低い官爵を与え、続いて方臘討伐に向わせる。梁山泊軍は方臘の乱を平定し、凱旋するが多くの死者が出た事を聞き悲しむ。
 李師師のもと、夢にて宋江が毒殺された事を知るも蔡京達にいいくるめられ高俅楊戩を罰する事はなかった。
 宋江達の死を惜しみ、梁山泊に靖忠之廟を造らせた。

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