托塔天王

晁蓋


 元は鄆城県東渓村の保正をつとめ裕福な日々を送る。義を重んじ、財を軽んじる豪傑として晁蓋の高名は広く通っていた。
 東渓村とは谷川をへだて、隣り村西渓村があった。この西渓村には不幸な出来事が何度も続き、幽霊の仕業だと村人は恐れていた。そこで供養塔を建て悪霊退散し、魔はすべて東渓村へと追い払ったと、村人たちは安心し始めた。それを聞いて黙っている名主晁蓋ではない、夜中にこっそり一人で供養塔をかついで東渓村へと運び、なにくわぬ顔をして建てたのだった。そこから晁蓋の事を人々は托塔天王の綽名した。托塔天王の名は宋国の好漢達に広まった。
 武芸にも熱心で、棒槍を好む。広く好漢と交わりを交し、同じ鄆城県の押司宋江・寺子屋先生呉用とは古くからの付き合いがあった。
 ある夜、自宅に北斗七星が落ちる夢を見、翌朝劉唐と出会い呉用にも進められ、民の苦しみを知る保正は不自由のない暮しから一歩踏み出そうと生辰綱の強奪を企て、呉用推薦の阮三兄弟、これまた偶然にも同じ目的として尋ねてきた道士公孫勝を仲間に加え、白日鼠白勝の手助けを得て成し遂げる。全ては呉用の策略によるものだった。
 白勝の自供から主犯が判明するが、宋江が危険を知らせ、朱仝からも助けらたため、何濤率いる捕手達から逃れることができた。
 梁山泊に上った七人は王倫から追い出されそうになるが、林冲王倫を討ち、梁山泊の首領となる。
 各地から多くの好漢が仲間入りし発展を遂げた梁山泊へ段景住が曽頭市で照夜玉獅子を奪われた事から、争いがおき、自ら指揮をとり出陣したが、史文恭の毒矢に当たる。守られながら梁山泊に戻ったものの、史文恭を討ちとった者を次の首領にと遺言を残し、死亡。その後は梁山泊の守神として祭られる。

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