太師蔡京
前皇帝哲宗から使えてきた徽宗皇帝おかかえのひとり。魯国の諸侯に封ぜられたことから魯公とも呼ばれる。
筆は宋国の四絶のひとりに数えられる。政治に関心がなく、芸術を好む徽宗皇帝に上手に話をもちより、贅沢な暮しをさせ、権力を握っていた。
九番目の息子が江州の知事蔡得章、北京の留守司を勤めるは娘聟の梁世傑、主要都市に身内を配置している。今年も誕生祝が各地から贈られてきたが、梁世傑からの生辰綱は晁蓋たちによって奪いさられた。
梁山泊軍が北京を攻めると、部下の宣賛の意見をとりいれ、蒲東の関勝を抜擢し討伐軍を指揮させる。だが、関勝も梁山泊入りしてしまい、北京は落城する。凌州の単廷珪と魏定国を梁山泊討伐軍に推薦したが、梁山泊軍が凌州を攻め滅ぼし二人とも梁山泊入りする。
梁山泊討伐に向った高俅と童貫だが大敗し多くの兵を失ったが、徽宗皇帝には嘘の報告をして、梁山泊の招安を先送りした。
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