物語 第九十八回

乱戦の歙州


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 睦州を目指す石宝の前に立ちはだかるのが関勝なので戦わず嶺へと引き返した。同じころ、嶺の反対側では童貫が軍勢を率いて攻め、王稟は景徳を斬り殺した。童貫軍に同行した呂方と郭盛だが、山頂から転げおちる大石に当たり郭盛は転落して死に、呂方は白欽との戦いで、双方とも転落して死亡した。
 残った石宝は敵に囲まれ退路を失い、潔く自害した。四人の水軍総管も散り散りとなり、成貴と謝福は住民に生け捕りにされた。童貫は睦州で宋江隊と合流した。

 一方、歙州攻めの盧俊義隊は、昱嶺関にさしかかった。守備する龐万春は、戦いの準備を整え敵が来るのを待ち構えていた。  盧俊義は史進、石秀、陳達、楊春、李忠、薛永に三千の兵を与え、昱嶺関へ向かわせた。途中、一兵にも出会わないまま、関に到着すると、龐万春が現れ史進めがけて矢を放つ。方臘軍で一番の弓の名手に狙われた史進はかわす間もなく矢を受け落馬した。
 石秀達は史進を助けようとしたが、両側から矢が雨のように降ってくる。逃げ出す事もできず、五人の好漢は矢の雨をあびて戦死した。

 陳達、楊春を失い悲しむ朱武だが、軍師の立場上、冷静に次の作戦をたてた。昱嶺関の山々の状況を探るため、時遷を偵察に出した。
 時遷は山奥まで進み、やっと一軒の民家をみつけ、昱嶺関の裏道を探りだした。盧俊義と朱武は協議し昱嶺関攻めの準備を整えた。
 盧俊義隊は伏兵に気をつけながら関へと進み、ひとり時遷は関の裏手へまわり、合図の火を放った。龐万春は前方に注意を向けていたため、裏手にあがった火を見て取り乱し、次々と逃げ出しす。副将二人は生け捕りにしたが、龐万春は歙州へと逃げ延びた。

 昱嶺関を奪いとると、盧俊義隊は歙州へと進んだ。歙州城を守備するのは皇叔大王の方垕、王寅、高玉率いる兵二万。龐万春が五千の兵を率いた戦いを挑んだ。
 対するは鉄鎗の欧鵬。龐万春は少しばかり矛を交えただけで退き矢を放つ。欧鵬は見事その矢を素手でつかみ取ったが、連発された矢に気づかず射殺されてしまった。王寅、高玉も出陣し、梁山泊軍は大敗し戦乱の中、張青が戦死した。
 退いて陣を布くと、朱武は敵の夜襲を予感し、四方に伏兵を置いた。

 予想通り敵は夜襲に出た。朱武の指示通り兵を待機させ、合図とともに襲いかかる。呼延灼は高玉を討ち取り、龐万春は湯隆が生け捕りにした。作戦は成功したが、丁得孫が毒蛇にかまれて死亡していた。
 翌日の歙州城は城門が開かれ敵兵の姿がない。敵の策とは気づかずに突入した単廷珪と魏定国は落とし穴に落ち、門の裏に隠れていた敵兵の槍と矢を受けて戦死した。盧俊義は落とし穴を埋めさせ突撃し、方垕を斬り殺した。城を奪ったが、逃げ出した王寅によって李雲、石勇が殺された。王寅は駆けつけた林冲、孫立、黄信、鄒淵、鄒潤の五人によって斬り殺された。

 歙州を奪いとった報告を受けた宋江、多くの犠牲者をだし悲しむばかり。呉用は宋江をなだめ、清渓県を攻める準備を始めた。兵を進めると同時に、李俊、阮小五、阮小七、童威、童猛の五人に米を大量に積んだ糧秣船で偽りの投降をさせ、内部に潜入させた。
 二方から敵が迫ってると知り、方臘自らも出陣。方杰、杜微に精鋭を率いて睦州へ向かわせ、歙州には賀従竜を向かわせた。
 清渓の県境で対峙する宋江と方臘の軍勢。真っ先に対戦した秦明と方杰は両者互角の戦いだったが、後方の杜微が飛刀を飛ばして秦明を狙う。さっと飛刀をかわした秦明だが、方杰の画戟を受けて戦死した。

 敵将を討ち取り勢いを増す方臘軍だが、賀従竜が盧俊義に生け捕りにされ、敵兵が清渓へ向かっていると知らせをうけ急いで退く。だが清渓の城内はすでに李俊達が火を放ち、暴れ回っていた。宋江、盧俊義隊も加わり城内は乱戦となる。方臘は城を棄て、方杰に守られながら幫源洞へと退いた。
 清渓県を奪い取ったが、杜微の飛刀で孫二娘、郁保四が殺され、城内では婁敏中によって阮小五が殺され、鄒淵、杜遷、李立、湯隆、蔡福も戦死していた。杜微は住民によって捕えられ、婁敏中は自害いていた。


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