物語 第九十七回

睦州術合戦


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 敵の策におち、石宝、鄧元覚に前後を阻まれた宋江達、浙江の四竜と白欽と景徳も加わり、四方を敵に囲まれてしまう。石宝は関勝がくいとめ、花栄は矢で王勣と晁中を射殺すと浙江の四竜はあえて進もうとしない。白欽と景徳は呂方と郭盛が戦った。
 そのとき石宝の背後を李逵、項充、李袞の歩軍が襲った。鄧元覚が救援に向かうが、魯智深、武松の別の歩軍が現れ、秦明達の馬軍も迫ってきた。援護の兵はすべて呉用の指示であった。鄧元覚達は烏竜嶺へ退いた。

 石宝は梁山泊軍の力を恐れ、鄧元覚が援軍を頼むため、睦州の祖士遠とともに清渓の方臘の元へ向かった。だが、方臘は援軍を送る事を認めず、睦州から夏侯成と五千の兵を烏竜嶺へ向かわせた。清渓からの増援がないと知り、石宝は関門を固く守って攻める事を避けた。
 朝廷から皇帝の命をうけた童貫が王稟、趙譚を連れ加勢にやってきた。宋江は戦いの状況を報告した。馬麟と燕順が烏竜嶺の裏道を見つけ出すと、童貫に守備を頼み、宋江は一万の兵を率いて密かに嶺を回り込み、東側にある東管を攻めた。守備する伍応星はわずかな兵しかなく、食い止める事はできず睦州へと退いた。

 烏竜嶺では梁山泊軍が睦州側へ回りこんだと知ると、鄧元覚と夏侯成が睦州の援護に向かった。鄧元覚と戦うのは秦明、宋江の側には花栄がひかえる。秦明は負けたふりをして敗走すると鄧元覚は宋江を狙ってまっしぐらに迫ってきた。そこを狙い違えず花栄は鄧元覚の顔を射て、落馬したところを兵士たちが斬り殺した。
 夏侯成は睦州へ逃げ帰り祖士遠に報告すると、夏侯成は援軍を求め、そのまま清渓へ向かった。方臘は知らせをうけて、御林軍一万五千の兵を、包道乙、鄭彪、夏侯成に率いさせ睦州へ向かわせた。

 睦州攻めにとりかかる宋江隊だが、清渓からの援軍を見て、王英と扈三娘を向かわせた。先鋒の鄭彪にたち向かっていった王英だが、鄭彪の妖術に惑わされ、槍で刺し殺された。扈三娘は夫が討ち取られたのをみて、双刀で鄭彪に斬りかかり、後を追ったが、銅磚を投げつけられ顔に受けて戦死した。
 宋江狙って向かってくる鄭彪にたいして李逵が李袞、項充が敵兵を追い散らしたものの、鄭彪の妖術にかかり、辺りは真っ暗闇となり、刀を持った巨漢達に囲まれていた。宋江は絶体絶命と死を覚悟したが、そのときひとりの男が現れ、鄭彪の妖術から助けられた。名を邵俊といい、正体はこの地の竜神であった。

 宋江が目をあけると夢から覚めたかのように光に照らされた。巨漢達も、ただの松の木にすぎなかった。鄭彪の妖術から解き放たれ、辺りを見回すと、魯智深と武松が鄭彪と戦っていた。その後方では包道乙が呪文を唱え剣を飛ばした。
 包道乙の玄元混天剣は百歩離れて敵を討つという。包道乙の放った剣は武松の左腕を斬りつけた。魯智深に助けられ退いた武松だが、方腕は使い物にならない。武松は自ら左腕を斬り落とした。
 乱戦となったこの日の戦いでは、武松が方腕を負傷、魯智深は夏侯成を追いかけ行方知れず、鄭彪を追いかけた項充は谷川でつまずいたところを敵の矢を受け、項充も敵兵に斬られて戦死した。

 童貫の軍が烏竜嶺攻めを開始すると、呉用は関勝達と睦州攻めの宋江隊に合流した。燕順と馬麟を後方の守りとし、睦州城攻めにとりかかった。
 鄭彪は一万の兵を率いて出陣、関勝との一騎打ちとなるが次第に防戦一方となる。包道乙は鄭彪がおされているのを見て術を唱え、鄭彪の頭上に神人を出現させた。宋江は樊瑞を呼び法術を使わせ、自らも天書にある風を返し闇を破る術を唱えた。すると関勝の頭上に神将が現れ、包道乙の術に打ち勝った。同時に関勝は鄭彪を斬り殺し、包道乙は凌振の砲に当たり粉々となって死んだ。

 凌振の砲によって睦州城の兵は取り乱し逃げ回る。朱仝は城へ攻め入り譚高を討ち取り、李応は飛刀で伍応星を討ち取り、睦州城を奪った。祖士遠、沈寿、桓逸を生け捕りにした。
 そのころ烏竜嶺では、白欽と戦う馬麟が石宝に斬り殺され、燕順は流星鎚に打たれて戦死し、石宝と白欽が睦州へ向かっていると、知らせを受けた宋江。宿敵石宝を討つため、ただちに関勝、秦明、花栄、朱仝を向かわせた。


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