物語 第九十六回

死闘烏竜嶺


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 杭州城を落とした梁山泊軍。石宝は取り逃がしたが、呉値、張道原を生け捕りにし、冷恭、崔彧を討ち取った。海岸へ出て南門をめざしていた阮小七が合流したが、侯健と段景住は嵐の中で溺死していた。
 睦州へと進む宋江隊、歙州へ進む盧俊義隊、それぞれ三万の兵を率いて出陣したが、この頃杭州城では疫病が蔓延し、張横、穆弘、孔明、朱貴、楊林、白勝が戦いに参加できなくなった。穆春と朱富が看病につくこととなり、八人が城へ残った。

 逃げた石宝たちは富陽県にて睦州からの援軍、白欽と景徳と合流し再起を計ったが、挟み撃ちを恐れ、追撃され温克譲を失い、四人の水軍総管が守る烏竜嶺まで退いた。梁山泊軍の勢いは凄まじいが、睦州を目前にし、天然の要害烏竜嶺で足止めとなった。
 険しい山々と長江を臨む関門を阮小二が孟康、童兄弟と下流から攻めた。気づいた烏竜嶺の四人の総管は、上流から火薬を積み込んだ船を流し、その後を追うように船を出した。敵の急襲にあい、阮小二は水中へ逃れようとしたが敵兵に捕まり自ら首を刎ねて自害した。孟康は火薬によって頭を吹き飛ばされた。

 童兄弟は逃げ延び、後方の李俊、阮小五、阮小七も前方の異変に気づき、急いで退いた。兄の戦死を知り、阮小五と阮小七は悲しんだが、まずは烏竜嶺を攻め落とし仇を討つと、戦意喪失の宋江を慰めた。
二人の兄弟を失い、烏竜嶺攻略を焦る宋江に対して、解珍と解宝がやってきて、嶺をよじのぼり関門を奪い火を放つ作戦を提案した。宋江と呉用は協議し、危険ではあるが、奇襲でなければ烏竜嶺は落とせないだろうと、作戦を許可した。
 解兄弟は宋江からの恩に報いるため、危険を承知で烏竜嶺に向かった。

 解兄弟は夜を待ち、密かに小道を探しだし険しい嶺を登っていったが、月が明るいために途中で守備兵に気づかれてしまう。解珍は敵に捕えられそうになり刀で振り払ったが崖から転落、解宝も無数の石や矢を受け転落、二人は硬い岩盤に打ちつけられ死亡した。
 石宝と鄧元覚はは宋江を捕えるため、解兄弟の死体を野ざらしにし兵を伏せさせた。知らせを受けた宋江は解兄弟の亡骸を取り戻すべく、関勝、花栄、呂方、郭盛をつれ烏竜嶺に向かった。
 木に吊るされている二人の亡骸を木からおろしたところで、宋江達の前に石宝が立ちふさがり、鄧元覚が軍勢を率いて現れた。


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