物語 九十五回

英雄達の魂


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 張順の霊を祭っている宋江を狙って、杭州城から十人の将軍が、二隊に別れて攻めてきた。あらかじめ樊瑞、馬麟、石秀が伏兵として待機していたので、敵兵は慌てて退いた。温克譲ら四将が川を渡ろうとしたところへ阮小二、阮小五、孟康たちが襲いかかり湯逢士を討ち取り茅迪を生け捕りにした。呉値らは李逵の歩軍が襲われ、元興、蘇涇、趙毅を討ち取った。
 そのころ独松関攻めの盧俊義も苦戦しており、林冲が守将の蒋印を討ち取ったものの、杭州から新手として厲天閏率いる兵三万が加わり、乱戦となっていた。

 呂方が厲天祐を討ち取ったものの、周通が厲天閏によって殺され。腕を負傷した董平は不利な戦いに挑み張韓に殺され、張清も厲天閏との戦いで戦死した。
 険しい山に囲まれた独松関を攻める手立てが見つからないため、避難民の中にまぎれた孫新と顧大嫂が独松関への小道を探し出すと、李立、湯隆、時遷、白勝が関内に入りこみ火を放ち、守将を生け捕りにした。盧俊義は独松関を奪いとると、敗走する厲天閏を追いかけ討ち取った。

 状況を探りに出た戴宗から盧俊義隊の報告を受けた宋江は三人の戦死を悲しみ、李逵達歩軍を盧俊義隊へ向かわせた。杭州の東門では魯智深と鄧元覚の戦いに双方から歓声があがる。北門では関勝は石宝と戦うが、ともに勝敗は決しなかった。
 やがて盧俊義、李逵が合流。途中、解兄弟が、張韓を討ち取り戦死した三人の無念を晴らした。続いて別隊を率いていた呼延灼も合流したが、雷横は徳清県で司行方と戦い戦死、龔旺も谷川へ落ち戦死していた。次々と戦死者の名を聞き、宋江は夢に現れたのは兄弟達の魂だと確信し悲しんだ。

 三隊の合流した梁山泊軍は総力をあげて杭州城を四方から攻める事となったが、またしても戦死者をだした。北門では石宝によって索超と鄧飛を失い、南側候潮門へ攻めこんだ劉唐が敵の計略により、門の下敷きとなって戦死した。
 石宝に数多の兄弟を討ち取られ悲しむ宋江に、李逵は鮑旭、項充、李袞の四人で石宝を討ち取ると豪語する。四人は戦い前夜の宴会をひらき、翌日ほろ酔いのまま、憎むべき石宝との戦いに挑んだ。

 石宝は呉値と廉明を従えて城を出ると、歩軍四人は一斉に突撃し、李逵は石宝を狙って素早くふところに入り馬の足を斬り石宝を落馬させた。石宝は城へと逃げる。鮑旭は廉明を討ち取り、勢いに乗じ攻めたが、城門の内側に隠れているた石宝に斬り殺されてしまう。李逵は項充と李袞に守られながら退いた。
 鮑旭を失った直後、敵の兵糧船が杭州へ向かっている情報を掴み、船を奪い取ると、凌振と王英たち三組の夫婦は、船の中に潜んで杭州城へ潜入した。凌振の合図とともに、潜り込んでいた王英たちは一斉に城内に火を放ち、暴れ回った。

 梁山泊の全軍は城へと兵を進めた。城内各地で火事が起こり、方天定は慌てて単騎で城を逃げ出したが、不意に水中から現れた男によって殺された。方天定を討ち取った男は張横だったが、呼延灼が声をかけても返事もせず、一目散に宋江のところをめざしていった。
 城へと入った宋江の元に現れたのはまぎれも無く張横だった。だが自分は張順だと名乗り、湧金門で落命し魂となって水中をさまよい続け、兄の体をかりて方天定を討ち取ったと告げて目を閉じた。回復すると元の張横に戻ったが方天定を討ち取った記憶はなく、弟の死を知り悲しみのあまり倒れてしまう。


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