物語 第八十九回

遼国の降伏


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 宋江と呉用は協議し、九天玄女の教えに従って敵陣を攻めるそれぞれの大将を選んだ。数日後、すべての準備が整い出陣した。夜をむかえると、それぞれの大将、董平、林冲、秦明、呼延灼、関勝、魯智深、扈三娘、盧俊義、李逵は副将と兵を従えて敵陣へ進んだ。
 相生相尅の理を活かし、呼延灼の隊は敵陣の外を周り北側から攻め後軍火星の陣を狙うと、後に続く関勝の隊は敵中軍を目指して進んだ。林冲は左軍木星の陣を攻め、秦明は右軍金星の陣を攻めた。董平は前軍水星の陣を攻めた。
 後方の中軍では公孫勝は法術を使い、二十四台の雷車を守りつつ李逵の隊が突入。扈三娘の隊は太陰星を攻め、魯智深の隊は太陽星を攻めた。盧俊義の隊は雷車に続いて突入し、中軍を攻めた。

 兀顔光は敵の急襲にあわてつつ、画戟を取って馬に乗り、関勝と戦う。後方からは副将の花栄、張清が矢、つぶてを飛ばし、李応、柴進、宣賛、郝思文が敵兵を斬り倒し、兀顔光を孤立させた。
 兀顔光は将の数が減り、不利になると関勝を振り払い逃げ出した。花栄は弓で兀顔光を狙う。関勝は追いつき、青竜偃月刀をあびせる。兀顔光は三重の鎧をまとっていたので、関勝の刀は二枚を斬っただけであった。逃げる兀顔光に対して、花栄の矢が耳をかすめ、張清のつぶてが顔面を打つ。ひるんだところを追いついた関勝が一刀、とどめに張清の槍を受けて、ついに遼国最強の男も戦死した。

 すでに太陽の陣は魯智深の隊によって壊滅、大将耶律得重は武松が討ち取る。扈三娘は太陰の陣の答里孛を生け捕りにした。李逵の隊が道を開き、盧俊義の隊は中軍を攻めた。燕青、呂方、郭盛らが敵兵を斬り、解兄弟が敵の元師旗の斬り倒すと、敵は散り散りとなり、耶律輝は守られつつ退いた。四人の皇壻のうち二人は戦死、盧俊義が耶律得華を生け捕り、耶律得忠は行方知れずとなった。
 夜明けとともに梁山泊軍は軍を収め陣地へ引き上げてきた。朱仝は曲利出清を生け捕りにし、欧鵬、鄧飛らは敵将を捕虜にした。耶律輝は燕京へ逃げ込むと、城門を固く閉ざして篭城。梁山泊軍は燕京城を包囲し、城攻めの準備を始めた。

 多くの将兵を失い、今にも城内へ攻めてきそうな勢いの梁山泊軍に対して、耶律輝は大臣たちと協議し宋国への降伏を決断した。右丞相の褚堅が使者となり降伏の旗を掲げ宋江の元を訪れた。報告を受けた趙安撫は褚堅を連れて開封へ向かい柴進と蕭譲が同行した。
 褚堅は、宋国の実権を握っているのは蔡京、高俅、童貫、楊戩と知っているので、開封到着直後、四人へ金品を届けて交渉を有利に進めようとした。
 梁山泊軍の活躍にて遼国王耶律輝が降伏し和議を望んでいると聞かされた徽宗皇帝は集まった大臣に協議させると、蔡京や童貫が和議に賛成だと言うのでそれに従った。遼国は国境を再び侵さない事、毎年貢ぎ物を送る事を約束した。

 褚堅は遼国へと戻る。勅使となった宿元景は柴進、蕭譲と遼国へ出発した。宋江は出迎えて和議が決定した事を知らされる。遼を滅ぼすあと一歩のところまできたが、断念し城の囲みを解いた。 宿元景は関勝たち十人に護衛されながら燕京城へはいり、耶律輝と対面し、貢ぎ物と国境を脅かさないことを約束した。  捕虜となっていた遼国の八人は釈放された。奪い取った四州は遼国へと戻した。宿元景、趙安撫は東京へと戻った。永清県に遼国攻めの行動を金大堅は石に刻んだ。宋江は隊を五隊にわけ、東京へと戻る。  魯智深は五台山の智真長老を思い出し、訪ねたいと願い出た。宋江以下、同行を願う者達は魯智深と五台山を目指した。


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