物語 第八十八回

混天象の陣


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 永清県で敵の先鋒隊を退けた梁山泊軍の前には、二十万の兵力を率いる兀顔光が布陣している。中軍は国王耶律輝、黄旗の中心に兀顔光、前後左右に十一曜大将の布く太乙混天象の陣は絶えず変化させ、梁山泊軍を驚かせた、朱武にも天陣である事は知っていても攻め方まではわからなかった。
 兀顔光は今日が金の日であることから、天陣を移動させて太白金星の大将、右軍の烏利可安、四人の副将に攻撃を命じた。梁山泊軍は防ぎきれず後退した。好漢たちは負傷、多くの兵を失う結果となった。

翌日、盧俊義の案で、李逵を主軸とした歩軍と馬軍との連携で敵陣を攻めることとなった。関勝、呼延灼を先鋒にして、左に花栄・秦明・董平・楊志、右に林冲・徐寧・索超・朱仝、が敵陣の北側を攻め開き、李逵たち歩軍が敵陣へ突入、続いて宋江の本隊も魯智深・武松たちと突入した。だが、遼国軍は合図とともに西陣、東陣、黄旗軍に三方から攻められ、前へ進む事が出来ず後退するしかなかった。ただひとり、李逵は夢中で敵中へ斬り込んで行き、捕われの身となった。
 呉用は、李逵と兀顔延寿の捕虜交換を提案した。直後、遼国のほうから使者がやってきて、捕虜の交換を願い出た。かくして李逵と兀顔延寿はそれぞれ味方のもとへ戻ることとなった。

 翌日、宋江は敵陣への攻撃を決意をし、隊を十に分け正面から敵陣に挑んだ。二隊が圧陣を抑え、八隊が次々に敵陣内へ攻め込んだ。だが、混天陣は急に長蛇の陣形に姿を変化させ、梁山泊軍の突撃をすべて受け止めた。結果、梁山泊軍は大敗、三たびの敗北でまたしても多くの兵を失う結果となった。
 そのころ、趙安撫から報告をうけていた朝廷では、梁山泊軍の戦果を聞き激励の品々と、八十万禁軍教頭の王文斌に兵一万を率いさせ援軍として出発させていた。

 梁山泊軍は戦いを避け陣の守りを固めていたところ王文斌が到着、出迎えた趙安撫は状況を報告する。王文斌は前線の宋江のもとをおとずれ、詳しく戦況を訪ねた。
 王文斌は文武両道と言われてはいるが、陣形には知識が薄かった。見た事もない混天陣に対してあたかも知ったような口ぶりで、自ら攻め落とすと豪語したが策をもたぬまま飛びだし、戦いを挑んだ結果、曲利出清との戦いで一刀をあびて戦死した。遼国軍は勢いに乗じて攻め、梁山泊軍はまたも敗走となった。
 その夜、宋江は眠れず幕舎でひとり悩みながらうとうとしていると、夢に現れた九天玄女から混天陣を破る方法を教えられた。


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