物語 第八十回

討伐軍壊滅


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 招安を受けるために、宋江は好漢達を率いて、済州城近くまでやってきて招書の解読を受けた。ところが、王瑾の策で招書は書き換えられ、宋江達全員の罪を許すはずの文が、宋江を除いて盧俊義以下の者の罪を許すという内容になっていた。
 呉用の合図で、花栄は招書を朗読している役人を射殺した。そして戦いとなった。済州城から好漢達を捕らえようと待ち構えていた官軍が飛び出すと、宋江達は退いた。追って来る官軍に対して、左右で伏せていた李逵と扈三娘の隊が挟み討ちにし、退却していた宋江も戦いに向ったので、三方から攻められた官軍は恐れて城へと引き返した。

 再び招安失敗の知らせが届いた朝廷から、増援として八十万禁軍教頭の丘岳、副教頭の周昂二人に兵を指揮させ出発させた。
 済州にて船大工を募集したところ、葉春という腕のいい者が現れたので、提示した大型船の図面通りの大小の海鰍船を数百隻製造させる事を任せた。各地から木材を集めると、葉春の指揮にて大掛かりな船の製造が始まった。
 援軍、大型船造船の知らせは、すぐに梁山泊に届いた。呉用は船の製造を遅らせようと、時遷と段景住、張青夫婦、孫新夫婦に妨害を命じた。

 張青夫婦と孫新夫婦は造船所にまぎれこみ、陽が暮れるのを待って木材に火を放って中からかく乱させた。造船所の放火を合図に、時遷は城壁のやぐらに火をつけ、段景住は馬草小屋に火を放ってそれぞれ逃げた。
 高俅は造船所の火事に驚いて飛び起き、丘岳が兵士を率いて造船所へと駆け付けると、待ち構えていた張清が、礫を額に命中させ丘岳を負傷させた。すぐに他の四隊の軍勢がやって来たので張清の隊は引き上げ、時遷達も梁山泊へと戻った。
 梁山泊では、船の製造を妨害し時間稼ぎをしている間に、水戦に備え訓練し、罠を造り戦いに備えた。

 すべての船が完成すると、梁山泊攻めの準備を始めた。水戦の訓練の終えた兵を船に配備し、高俅自身、水軍の指揮をとるため大海鰍船に乗った。ともに水路を進むのは聞煥章、丘岳、徐京、梅展、王文徳、楊温、李従吉、楊温、王瑾、葉春。陸路は王煥、周昂が攻め、項元鎮と張開は後方支援となった。
 前軍の大海鰍船三十隻を丘岳、徐京、梅展が指揮し、小海鰍船五十隻を楊温、王瑾、葉春が指揮する。続く中軍の大海鰍船五十隻には歌い手や踊り子達を含む高俅率いる本隊に、参謀の聞煥章。王文徳、李従吉が後軍となって湖を進んだ。

 官軍の海鰍船に対して、梁山泊水軍は小舟に五人づつ乗り、千隻を超える船で待ち構えている。梁山泊軍は盾で矢を防ぎながら近寄る。阮三兄弟、孟康、童威童猛、李俊に張兄弟が泳ぎ上手な手下を従え、それぞれ船で敵船に近づくと水中へと飛び込み、次々と海鰍船の船底に穴を開けていった。
 あらかじめ湖底には罠が仕掛けられていて、大型の船は先へ進ず退く事もできない。海鰍船は次々と沈没し、泳げない兵士は溺れ死に、水に落ちた官兵は梁山泊水軍によって殺された。
 楊林・鄭天寿・薛永・李忠・曹正・湯隆・杜興・李雲の八人はこっそり官兵に紛れて海鰍船に乗りこんでいた。内から暴れ出した好漢達によって丘岳・王瑾・葉春は斬り殺され、徐京と梅展は捕虜となった。

 前軍が梁山泊水軍の襲撃によって敗れたと知り、引き返そうとした中軍だがすでに手後れ、高俅の海鰍船も水が漏れ沈んで行く。助けを求めると、そこへ現れたのは張順、高俅をつかんで水の中に放り投げると手下の船が引き上げて、忠義堂へと運んだ。
 中軍、後軍の海鰍船もすべて沈み、聞煥章も捕虜となり、後軍の王文徳、李従吉も捕虜となった。梁山泊水軍の活躍で戦は大勝利、好漢達は梁山泊へと引き上げた。
 一方、陸路は盧俊義が指揮。盧俊義は周昂と激しい一騎討ちを行い前に進ませない。後方からは左右に伏せていた関勝・秦明、林冲・呼延灼の隊が、項元鎮と張開を襲うと官軍は梁山泊の勢いに押され多くの兵を失い敗走した。

 忠義堂にて宋江は全軍をねぎらい、盛大な宴となった。捕虜となった高俅や将たちは全員縄をほどかれ、着替えを用意され宴に呼ばれていた。不服に思っている林冲、楊志は鋭く高俅を睨み付けていた。
 宋江は高俅に無礼を詫び、梁山泊は国の為に尽したい事を伝えると、怯えている高俅は宋江に招安を約束した。宴の最中、高俅は燕青と相撲比べをして大負けする場面もあり、招安を願う者達にとっては望み通りの宴となった。
 すぐにでも下山して皇帝に招安を件を伝えたいと願いでた高俅。確実に招安へと導くために蕭譲と楽和を同行させ、かわりに人質として聞煥章を残す事となった。高俅達は四日間梁山泊で過ごし釈放された。
 宋江は招安の約束を喜んだが、呉用は高俅の言葉を信用していなかった。


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