物語 第七十七回

童貫軍敗走


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 九宮八卦陣を布いて童貫軍を攻めた梁山泊軍、秦明・董平・索超の活躍によって童貫軍は多くの負傷者を出した。
 童貫は鄷美・畢勝と協議し、兵士に三日間の休息をとらせると、韓天麟・王義・周信・段鵬挙・馬万里・呉秉彝・李明の隊に長蛇の陣を整えさせ、再び梁山泊へと攻めた。  童貫の軍が水辺へとやってくると、船に乗った漁師がひとりいた。返事もしないので、矢を射たが笠も蓑も矢が刺さらない。強弓を射ても刺さらず、兵士を泳いで行かせると、漁師は水中へと入り、兵士達を次々と殺していった。これは張順が銅を仕込んだ笠と蓑を着て、童貫の軍を待ち伏せていたのだった。

 山の上で合図の旗が振られた。梁山泊軍は呉用の指示で、十隊に別れて伏兵を配置し、童貫の軍を待ち伏せていた。
 童貫の軍が進軍すると、黄旗の一隊が現れ立ちふさがった。指揮をする朱仝・雷横の二人は鄷美と畢勝と戦った。後方からは、青旗と赤旗の隊、関勝と秦明が童貫軍を攻めた。横からは白旗と黒旗の隊、林冲と呼延灼の一隊が中軍を狙って襲いかかり童貫の陣を分散させる。段鵬挙は呼延灼を抑えきれず敗走、馬万里は林冲と戦い戦死した。
 孤立した童貫軍の前に、魯智深・武松、解珍・解宝の率いる歩軍が襲いかかり、童貫軍を休ませる時間を与えなかった。童貫は鄷美・畢勝・韓天麟・王義の四将に守られ梁山泊歩軍の追撃から逃れたが、森の中で待機していた董平・索超の馬軍に攻められ、王義は索超に討たれ、韓天麟は董平に討たれた。

 陣を分断され、後方で戦っていた李明と呉秉彝の隊は兵をまとめて、童貫と合流しようとしたが、李明は楊志に討たれ、呉秉彝は史進に討たれた。
 鄷美と畢勝は童貫を守りながら、南方で戦っている周信の隊と合流し、敗走中の段鵬挙の隊と合流した。四人は兵をまとめ陽が暮れるのを待ち、童貫を守りつつ済州府を目指したが、州境で伏せていた盧俊義・楊雄・石秀率いる三千の兵に立ちふさがれた。盧俊義は童貫に向かって一喝すると、鄷美は大刀を構えて盧俊義に向って行った。
 鄷美は盧俊義と戦い奮闘したが、捕えられた。その間に畢勝は段鵬挙と周信とともに童貫を守りながら梁山泊軍の追撃を交わしたが、李逵・鮑旭・項充・李袞が団牌兵に教われ段鵬挙を失った。

 やっと州境を超え済州にはいった童貫達だが、張清・龔旺・丁得孫の隊に襲われた。張清のつぶては周信の顔面を捕え、龔旺と丁得孫に殺された。
 童貫は済州府へ行く事を止め、畢勝と生き残った兵士を引き連れて東京へと敗走した。童貫の討伐軍を見事撃退した梁山泊軍は山寨へと引き上げた。
 捕虜となった鄷美は宋江から帰順の意志を告げられると、力になる事を約束し釈放され東京へと戻った。呉用はまた新たな討伐軍がやってくる事を予測し、開封府の様子を探るため戴宗に調査を命じた。


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