
東平府と東昌府を攻め落とし梁山泊へ凱旋した頭領達、その数合わせて百八人となった。宋江は道の途中で命を落とした晁天王と、これまでの戦いで戦死した者の霊を成仏させるため、盛大に供養を行おうと唱えると、皆喜び賛成した。公孫勝に羅天大醮の指揮をとらせ、高名な四十八人の道士を山寨に招いた。
山寨では準備が整い、忠義堂前には祭壇が築かれ、上段には公孫勝、次の段には四十八人の道士、その下の段に宋江達頭領、そして小頭達も忠義堂にあつまった。毎日拝礼を行い、満願の七日目を迎えた。
道士と頭領達が最期の拝礼を終えたその真夜中、不思議な出来事があった。天に祈りが通じたのか、西北の空に天眼が開き、そこから現れた火の玉が祭壇の上をひと回りし山の南の方へと落ち、天眼が閉じた。
祭壇から降りた宋江は天からのお告げではないかと、すぐに火の玉が落ちた地を掘らせると、そこから一枚の古い石版が出て来た。刻まれている文字は古いもので、誰にも読む事ができなかったが、道士の中に古代文字に詳しい何玄通という者がいて、石版に刻まれている蝌蚪文字を解読できた。宋江は何玄通に頼んで、文字を解読してもらい、蕭譲に命じて解読した文字を書き留めさせた。
石版の両端には大きく替天行道、忠義双全と二つの文字が刻まれていて、表には天罡星三十六の宿星と名が連なり、裏には七十二の地煞星の宿星と名前とが刻まれていた。
天魁星呼保義宋江から地狗星金毛犬段景住の名前が順番に読まれ、蕭譲が書き留めた。四十八人の道士にはそれぞれ礼を渡して下山させた。
百八人の筆頭として名前が刻まれていた事に驚いた宋江、すべては天から定められた宿命であると、石版に従い梁山泊の寨主につく事となり、席次には誰も異義を唱える者はいない。それぞれの席次が決まった。
宋江は呉用達首脳陣と協議し、山寨の砦や城壁を強化し、住居を整備した。晁天王の位牌は忠義堂高台の中央に祭り、東西には宋江をはじめとする首脳陣とその守備を命じられている驍将などが住み、表には三重の関門、山の四方には旱寨・水寨、見張りの酒店が置かれ、それぞれ頭領の職分が決められた。
忠義堂には替天行道、忠義双全の二つの旗がひらめき、百八人の頭領が、勢揃いした。頭領達は任務を全うし決して職務を怠らない事を誓い、血をすすって兄弟死ぬ時は一緒と誓った。
この夜、忠義堂での酒宴は遅くまで続いた。
数日がすぎ、菊の花が咲くころ、宋江は山寨をあげて菊花会と名した盛大な酒宴を開いた。山寨の皆が宴を開き、頭領達は忠義堂に集結した。酒宴では燕青・馬麟が楽器を演奏し、楽和が自慢ののどを披露した。宋江はこの日のために詠んだ詩を楽和に歌わせた。
いつの日か皇帝から詔が降り、招安を受ける日がくれば国のために忠義を全うしたいと、日頃の思いを詩に込めた。だが聞いた頭領達の中には愉快に思う者は少なかった。中でも武松、李逵など気の短い者は酒宴の最中暴れだし、宋江を罵ったりした。
呉用は宋江をなだめ、悪酔いしたため暴れたので処罰しないようにと頼むと、李逵を下がらせた。頭領達に招安の重要さを語った宋江だが、一部の頭領達は納得したものの、しこりの残るまま菊花会はお開きとなり、それぞれが不安を抱きながら住居に戻り休んだ。
それから数日間、何事もなくすぎたある日、朱貴の酒店から、開封へ届ける途中の灯篭が運びこまれた。毎年開封では盛大な灯篭祭りが行われる。宋江は灯篭を眺めながら、灯篭祭りの際、密かに開封へと行く計画を呉用に語った。
