物語 第七十回

没羽箭張清


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 東昌府を攻めた盧俊義だが、城を守っているのが、つぶてを投げれば百発百中の腕前という没羽箭の張清、そして二人の副将、花項虎の龔旺と中箭虎の丁得孫も飛び道具の使い手。盧俊義は二度戦いを挑んだが、張清のつぶてによって郝思文、項充が傷つき、城を落とす事ができず苦戦していた。
 東平府を落とした宋江達は盧俊義の応援にかけつけ、合流した。張清が城を出てきたと知らせが入ると、早速宋江は張清の腕を見ようと好漢達を率いて戦いに応じた。

 まず徐寧が張清に戦いを挑んだが、槍さばきでは上でも、張清の投げるつぶてを防ぐ事はできず顔を負傷し落馬、呂方と郭盛に救われた。徐寧が下がると燕順が宋江の制止を聞かず飛び出したが、張清の槍さばきの前になす術なく、背中につぶてを受けて退いた。
 続いて韓滔が奮い立ち、棗木槊を構え張清と戦ったが深追いしすぎて、つぶてにて顔を受け負傷し、彭の三尖両刃も空を斬り、つぶてを顔に受けると武器を投げ出して退いた。続いて戦いを挑んだ宣贊もつぶてを顔に受け、呼延灼も腕を痛め鞭が使えなくなり退いた。

   宋江は歩兵頭領の中から劉唐を戦わせたが、騎兵と歩兵の不利な戦いで劉唐は力を発揮できないまま、つぶてを受けて捕らえられた。劉唐を救いに出た楊志だが、兜につぶてを受け戦意喪失し引き下がった。
 朱仝と雷横は二人がかりで襲いかかったが、張清の投げるつぶてをかわす事ができず、雷横は頬に受け朱仝は首筋に受けた。二人が負傷し退くのを見て救出に出た関勝、張清のつぶてを大刀で受け火花を散らし戦意喪失、朱仝と雷横を助けて自陣へと退いた。
 つぎつぎと頭領達が負傷し退いて行くのを、後方で眺めていた董平、ここで力を発揮しようと双鎗を振り回し張清に立ち向かった。

 張清は董平が賊の仲間になった事を腹をたてながら、向かってくる董平につぶてを投げ付けた。だが董平はつぶてを見切って鎗で払い、ふたつ目のつぶてもさっとかわした。張清はつぶてが当らなかったので、逃げ出したが董平が追いすがり背中めがけて鎗を突いた。張清は董平の突きをかわすと、自分の槍を捨て董平の鎗を掴み、馬上での力比べとなった。
 急いで索超が救援に出ると、東昌府から副将の龔旺・丁得孫が張清の救援に飛び出し、索超を防いだ。索超が二人を相手に戦い始めると、林冲・花栄・呂方・郭盛の四将も飛び出し、混戦となった。

 張清は将の数では分が悪いとみて鎗を放して董平と離れ、退却の合図を出した。退きながらつぶてで索超に狙いを定めて投げ付けると、索超はつぶてをかわすのが間に合わず顔に受け負傷して退いた。
 混戦の中、龔旺は林冲と花栄によって生け捕りとなった。丁得孫は呂方と郭盛に阻まれ退く事ができず、燕青の弩に馬を射られ落馬したところを捕らえられた。
 十五人もの頭領に打ち勝ち、劉唐を捕虜として城に戻った張清だが、龔旺と丁得孫が敵に捕らえられたとなった事に悲しんだ。劉唐を牢へ送らせると、梁山泊軍は手強く将も多いため、このまま戦いを続けて行くのは不利と、太守と今後の対策を検討した。

 戦いによって負傷した頭領達とともに、龔旺と丁得孫を梁山泊に送ると、呉用の命令で梁山泊から援軍が呼び寄せられた。力で張清に勝つには難しいとして、梁山泊から陸路と水路を使って兵糧を運ばせ、張清をおびきよせる計略が進められた。
 梁山泊からの兵糧が運び込まれていると知らせを受けた張清は、偵察を出し兵糧が確かな事と、少数の守備 だという事を探ると、夜を待って密かに一千人の兵とともに城を出て、まず陸路の兵糧を奪いに行った。

 米糧の守備としてついていた魯智深は敵に気付いていたものの、つぶてには警戒してなく、狙いすました張清のつぶてが頭を直撃して倒れた。襲いかかってくる東昌兵に対し、武松は兵糧を棄てて魯智深を守りながら退いた。
 張清は積み荷をすべて奪い取り城に運ばせると、続いて水路の米糧を奪いに行った。だが、水辺に近付くと辺りが急に暗くなり闇に包まれ、突然背後から現れた鉄騎兵によって水中に落とされた。
 公孫勝の妖術と林冲の鉄騎兵、そして水中で待機していた水軍の頭領達によって梁山泊軍を苦しめていた張清は捕らえられた。

 呉用は計略通り張清を誘い出すと、一斉に城攻めを行った。将数にとぼしい東昌府、頼りとする張清を無くした太守の力だけでは守りきれず落城した。
 城内に入った好漢達は、牢を破り劉唐を救出すると、役所を遅い金品や食料を奪った。太守は民を苦しめる事はしていなかったので、命を奪う事はしなかった。民を落ち着かせ食料の一部を分け与えると、残りを梁山泊に運んだ。
 張清を捕えたと聞き、戦いを終え傷ついた者達が集まってきた。頭を押さえながら魯智深も仕返しにやってきたが、宋江が止め、手を出す事は許さぬと誓いをたてさせた。

 宋江の前に連れ出された張清、死を覚悟していたが、宋江に縄を解かれて仲間入りを勧められたうえ、傷つけた者から守られた事に対して、義を感じて仲間入りを決意した。
 張清は城内に住む獣医、紫髯伯の皇甫端を紹介した。皇甫端は梁山泊に好意をもっていたので、宋江から仲間入りを勧められると承諾した。
 梁山泊へ凱旋すると、すでに仲間入りした龔旺と丁得孫を含め頭領全員が出迎えた。張清・皇甫端を新たに仲間に加え忠義堂に集合すると、人数は百八人となっていた。


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