
安道全の治療によって、一命は取りとめた宋江だが、傷口が開く恐れがあるので出陣はできない。呉用は宋江に替わって、北京攻めの指揮をとる事となった。ちょうど行われる元宵節の祭りを利用し、好漢達を城内に忍び込ませて中からと外から攻めれば、北京攻略はたやすい。
呉用の指示でまず、北京城内をかく乱するために、中で火を放つ役目に時遷が選ばれた。忍びの達人時遷は北京の地理にもあかるく、北京一の樊楼、翠雲楼に登り火をはなち合図とする。潜入する役目には、解兄弟・孔兄弟・杜遷・宋万・李応・史進らがえらばれ、それぞれ準備を整え出発した。
外から攻める役目として八隊が構成された。呼延灼・林冲・関勝・秦明の四隊の騎兵隊はそれぞれ副将と手下をひきつれ、穆弘・李逵・雷横・樊瑞がそれぞれ歩兵の副将を指揮し手下をひきつれて、北京城へとむかった。八隊で北京城をとりかこみ、四方から攻める事になった。
北京では一時祭りを中止する事も検討したが、李成も聞達もそれでは賊に笑われるとして、いつもより盛大な祭りにし士気を盛り上げ、警護を厳重にし梁山泊軍の襲撃にそなえる事にした。李成は城内を警護し、聞達は城外に陣を布き、梁山泊軍を迎え撃つ事とした。
そして元宵節を迎えた。潜入した好漢達がそれぞれの持ち場についた。王英・孫新・張青の夫婦組も変装して潜入し、魯智深・武松・劉唐・楊雄・孔兄弟・鄒淵・鄒潤らは、それぞれ要所を押えるため、合図を待っていた。
柴進は楽和とともに蔡福と蔡慶の帰りを待っていた。牢の番を弟に任せて、一人家に戻った蔡福、家に戻るとすぐに柴進と楽和の姿が現れたので、話しを聞かなくてもすぐに事情が飲み込めた。柴進は盧俊義と石秀に面会できるよう蔡福に頼んだ。牢番の服を借りた柴進と楽和は蔡福につれられ牢内へ潜り込んだ。
しばらくすると、外がさわがしくなり、北京の兵士達が慌ただしく動き始めた。城外で戦が始まったのだろうと、時遷はころあいを見計らって、翠雲楼に火を放ち、これを合図として潜入していた好漢達は街で一斉に暴れ出した。
街の人々は大騒ぎ。役所にて宴会の最中、梁中書は城内に火の手があがったと聞き、慌てて外に出た。翠雲楼から勢い良く炎が上がり燃え広がっている。様子を見に行こうとすると、李応と史進に阻まれ、杜遷と宋万に東門を奪われ前に進む事ができない。南への道を行こうとすると、魯智深と武松に邪魔され、多くの兵士が討たれた。
役所はすでに解兄弟が暴れ回っていて近づけない。かけつけた王太守も劉唐と楊雄によって打ち殺された。鄒淵・鄒潤もあばれまわり、王英・孫新・張青達も加勢にやってきた。方角もわからぬまま逃げ回る梁中書、回りは敵だらけ。だが運良く西門から駆けつけた李成の隊が合流してきた。
梁山泊軍の手によって、外では聞達が陣を奪われ、城内は火の手が回り、潜入していた者によって民は大混乱している。すでに北京城は梁山泊の手に落ちたと悟り、李成は残った兵士を急き立てて、梁中書を守りながら脱出をはかった。
李成の決死の覚悟によって城外へ脱出できた梁中書だが、城をとり囲んでいた関勝・秦明の隊によって多くの犠牲をはらった。
牢内で知らせを受けた蔡福と蔡慶、こうなっては決断せざるをえず、牢から盧俊義と石秀を解放した。蔡兄弟のこころはすでに梁山泊へ傾いている。柴進も梁山泊入りをすすめるので、蔡福は仲間入りする準備を整え、家族を安全な場所に避難させた。蔡福は住民に危害をあたえないように柴進に頼んだが、呉用に伝わった時には、すでに北京の半数の人は負傷していた。
孔兄弟と鄒淵・鄒潤が応援にかけつけた。盧俊義も石秀も牢内では蔡兄弟にいろいろと世話をしてもらっていたので、身体を弱らせる事なく、武器をとり戦いに加わる事ができた。盧俊義はすぐに屋敷に戻り、李固と妻を探したが、すでに姿を消していた。
いちはやく騒ぎに気付いた李固と盧俊義の妻は、すぐに荷物をまとめて逃げ出していた。だが、裏通りを見張っていた燕青と張順によって捕らえられた。
盧俊義は梁山泊行きの荷物をまとめ屋敷を焼き払い、皆と合流した。
一夜が明けた。戦を終えた好漢達が、役所にて合流する。呉用は盧俊義・石秀との再会を喜び、世話をしてくれ、仲間入りする事となった蔡兄弟に礼をいう。好漢全員の無事を確認すると、皆で北京攻略成功を祝った。奪い取った金品や食料の一部を北京の民に分け与え、残った物は梁山泊へと持ち帰った。
城外で敗走をくり返していた聞達の隊と合流した梁中書。李成に守られながら城門を抜けたが、雷横・樊瑞の隊が伏兵して待ち受けていた。李成・聞達は梁山泊軍の包囲網をに向かって行った。
