物語 第六十四回

関勝加わる


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 北京を攻めている梁山泊軍のもとに戴宗から急報が入った。蒲東の関勝が抜擢され討伐軍を率いて梁山泊を攻めているとの事だった。宋江は呉用と相談し、北京攻めを中断して退く事となつた。林冲と花栄に五百の兵をあずけて、左右に伏兵させ、呼延灼に一隊をあたえて敵を食い止めるよう指示して梁山泊へと出発した。
 北京では、梁山泊軍が慌てて退却して行くのを見て、開封からの援軍が梁山泊へ討伐軍を向かわせただろうと、李成と聞達は兵を率いて撃って出た。だが、左右の伏兵にあい、呼延灼に阻まれ、多くの兵を失っただけだった。

 一方、関勝率いる討伐軍が来たとの知らせをうけた梁山泊では、張横は張順と相談し、泳ぎの上手な者をあつめ、密かに関勝の陣地を襲う計画をたてた。だが張順は勝手に動くのはよくないと言い、張横だけが行動にうつった。
 張横は二百ほどの手下を集め、闇に紛れて船を出した。だが、広範囲に密偵を出して細かく敵の様子を探るように命じていた関勝は、敵の行動が手にとるようにわかる。水上から奇襲の知らせを聞くと、兵士達を周囲に伏せさせた。
 張横は敵陣に上陸し、明かりの下で書物を読んでいる関勝の姿を見かけて、敵の警戒は薄いと判断し、一斉に襲いかかっていった。だが、合図とともに四方から伏兵が現れ、張横達はひとり残らず捕らえられてしまった。

 兄が奇襲に失敗し捕らえられたと知らせをうけた張順、阮兄弟の元へ相談に行った。三人は宋江の帰還を待っていては張横の命が危ういと、反対する張順を説得して救出に行く事にした。
 阮兄弟と張順は、張横を救い出すために、五百の手下をつれて関勝の陣地を狙った。阮兄弟が先頭となり敵陣へと進んで行ったが、またも関勝に見破られており、敵陣は空になつていた。計られたと悟った張順は慌てて水の中へと逃げ込み、危機を脱した。阮兄弟も急いで船へともどったが、伏兵に阻まれ、阮小二と阮小五は逃げだせたものの、阮小七が捕らえられてしまった。

 梁山泊へと到着した宋江は張順から詳しい情況を聞き、張横と阮小七が捕らえられた事を知ると、二人を心配して急いで兵を進めた。
 しばらく進むと道を阻むように副将の宣賛率いる討伐軍の一隊が現れた。梁山泊軍からは花栄が飛び出して宣賛と槍を交えたが、数合渡り合っても勝負はつかない。花栄は槍を置き、得意の弓で宣賛をしとめようとしたが、三矢とも阻まれた。宣賛は敵の弓の腕に驚き退いて関勝に知らせた。

 続いて関勝自らが、大刀をたずさえ赤兎馬に乗って現れた。宋江は関勝が立派な人物と知り、ぜひ仲間にしたいと礼をもって関勝を説こうとしたが、そばで見ていた秦明がまっ先に飛び出し、狼牙棒を振り回して関勝に戦いを挑んだ。秦明に続いて林冲も飛び出して戦った。
 これにはさすがの関勝も林冲と秦明を相手にしては防戦一方となった。見ていた宋江は関勝不利と知りながらも退却の合図を鳴らした。林冲も秦明も不服そうにして引き上げた。
 自陣に戻った関勝は、この日の戦いを不思議に感じ、捕えていた張横と阮小七を連れ出し、宋江について問いただした。張横と阮小七から世間知らずと罵られたが、何も言い返せなかった。

 その夜、関勝のもとを一人の人物が訪問した。武器ももたず鎧もまとわず一人やってきたのは呼延灼。こっそり抜け出し、宋江達一部の者は帰順の心があるが、他の者がそれを許さないため、衝突が起きていると関勝に告げる。そして内と外から攻めて梁山泊を滅ぼし、功をたてようと持ちかけると、呼延灼の言葉を信じた関勝は、宣賛・郝思文に援護させ、月夜に紛れて敵陣を目指した。
 呼延灼の案内で敵陣へ踏み込んだ関勝、一気に討ち負かそうと飛び込んだものの、陣地は空で呼延灼の姿もない。計られたと気付いた時には遅く、伏兵が飛び出し退路を断たれ、関勝と兵士達は捕らえられた。

 後を追ってきた宣賛・郝思文の隊にはそれぞれ、秦明・孫立の隊、林冲・花栄・扈三娘が一隊を率いて戦いを挑み、宣賛は秦明との戦いに負けて捕らえられ、郝思文も逃げ出したところを扈三娘によって捕らえられた。囚われの身となっていた張横と阮小七と手下達は李応率いる一隊によって無事救い出された。
 関勝ら三人は捕虜となり宋江の前に連れ出された。呼延灼は関勝に詫び、宋江は三人の縄をとき、梁山泊の仲間に加わりともに戦おうと説得すると、すでに死を覚悟していた関勝・宣賛・郝思文は仲間入りする決意をした。

 捕虜となった兵士達は希望者のみ梁山泊にとどめる事にし、関勝達の家族を梁山泊へと迎える手筈をととのえると、新しく加わった仲間のために盛大な宴が開かれた。だが、宋江は今だ北京に捕らえられたままの盧俊義と石秀の身を案じ、宴どころではなかった。
 関勝は新入りとして手柄をあげたいため、北京攻めの先鋒を願いでた。宋江と呉用は相談した結果、関勝に宣賛・郝思文を副将としてつけ、一隊をまかせる事にし、準備を整えると翌朝早く先鋒隊として出陣しさせた。
 関勝らが出陣すると、宋江は本隊を率いて北京へ出陣した。

 雪中の戦いとなった北京攻め、関勝が敵に寝返り、先鋒となって現れたと知った梁中書は怒りをあらわにし、索超に撃って出るよう命じた。
 関勝は索超と激しい戦いを繰りひろげていたが、索超の武芸が関勝よりも劣るとみた李成は両刀を振り回して戦いに加わった。それを見た宣賛・郝思文もそれぞれ武器を持ち、関勝の加勢をすると、五騎入り乱れての戦いとなった。
 高台から眺めていた宋江は、敵が怯んだところで突撃の合図を出すと、梁山泊軍は北京軍をけちらした。李成と索超は惨敗兵をまとめて城に戻ると城門を固く閉じた。梁山泊軍は勝に乗じて城近くまで攻め入り陣を布いた。

 北京には有能な将が多いため、呉用は計略を用いて城を攻め落とそうと考え、山道に伏兵を置き、多くの落とし穴を作らせた。
 翌朝早く、索超が一隊を率いて攻めてきたので、李俊と張順が迎え撃った。二人は負けたふりをして隊を取り乱すと、勢いにのった索超はなおも追いかけ、知らずに落とし穴の方へと誘いこまれて行く。賊の首魁を捕えようと危険をかえりみず深追いした索超、奮戦もむなしく呉用の思惑通り落とし穴に落ちてしまった。


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