物語 第六回

瓦罐寺焼失


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 桃花山を立ち去ってから数日間がたち、空腹と疲労で宿を探していた魯智深。赤松の林に囲まれた古寺を見つけて立ちよった。
 しかし、魯智深がどんなに呼んでも誰もでてこない。裏の方にまわってみると、数人の痩せた老僧がじっと座っていた。訳をだすねると、この瓦罐寺には崔道成という悪僧と行者くずれの丘小乙が住み着く様になり、付近の村を荒らし。僧侶達はみな逃げ出し、残ったのは老僧だけとなった。おかげで三日間も何も口にしていないという。

 この立派な寺でそんな事はないだろうと思っていると、裏手で湯気が上がっているのに気付き、かまどに近付いてみると、粟粥を煮ているところだった。魯智深は老僧達に嘘をついたな、と罵りながら粟粥を口にしようとした。老僧達は慌てて食器類を隠し、食べられないようにしたが、魯智深は台の上に鍋をひっくり返してすすった。
 老僧達が本当に三日ぶりの食事なのだと涙ながらに訴えると、魯智深は食べるのを止めた。とたんに老僧達が寄って粟粥をすすった。

 その時、表の方から歌声が聞こえてきた。丘小乙が食事を調達し帰ってきた所だった。それならばこらしめてやろうと、魯智深は丘小乙の後をつけていった。そこには崔道成とひとりの女が座って酒を飲んでいた。魯智深に気付いて驚いた崔道成は、寺を荒らしたのはあの老僧達だと言い、魯智深をうまく騙した。
 怒った魯智深は老僧の所へと戻ったが、やはり老僧の言う事の方が正しく、騙されたとかんかんに怒って崔道成に襲い掛かっていった。
 最初は武器を持っていなかった崔道成だが、魯智深が出ていくと慌てて朴刀をとり、魯智深が戻ってくるのを待ち構えていた。

 魯智深の錫杖と崔道成の朴刀、数合わたりあったが、次第に崔道成がひるんできた。そこに魯智深の背後から丘小乙が朴刀を振り上げて襲いかかると、魯智深は手強い相手二人を相手にする事となり、その上空腹で錫杖に力がはいらない魯智深は受け身一方となり、ついに逃げ出した。
 なおも崔道成と丘小乙は山門の外にある石橋まで追ってきた。やっとの事で松林まで逃げ出した魯智深だが、肝心の長老からの手紙と荷物を忘れてしまい、取に戻るとまたあの二人と戦わなければならない。どうしようかと思案していたとき、松の影からこちらを伺っている追い剥ぎらしき者に気付いた。

 その男は魯智深を見るなり唾をはいて、去っていこうとしたので、怒った魯智深は逆に身ぐるみ剥いでやると、錫杖をふりまわし襲いかかった。
 それならばと追い剥ぎの方も刀を抜き、二人は数合わたりあったが勝負は互角。その追い剥ぎの男は相手の坊主の声に聞き覚えがあるぞと思い、名を訪ねてきた。魯智深は、以前は堤轄をしていた魯達だと名乗ると、慌てて刀を捨て挨拶をするのは渭州で別れた史進であった。
 あの日、史進は李忠とともに渭州を出て、再び師匠の王進を探す旅にでたが結局巡り会えず、路銀をなくし青州で追い剥ぎをして金を稼いでいた。
 魯智深は瓦罐寺で起こった事を史進に話すと、二人で悪党を退治しようと史進は持っていた食料を魯智深に食べさせると、瓦罐寺へ向かって行った。

 崔道成と丘小乙の二人はまだ石橋の所で魯智深が戻ってくるのでは、待っていた。腹を満たした魯智深が打ちかかっていくと、崔道成ははやくも防戦一方となり、助けに行こうとする丘小乙は史進によって足止めされ、ついには史進の刀に斬られてしまう。崔道成も丘小乙がやられたのを見て、戦う気力がなくなり逃げようとしたところを魯智深の錫杖で頭を割られた。
 二人の死骸を石橋から落とし、老僧の所へもどってみると、全員首をくくって自殺していた。魯智深が一度目に負けて逃げ出したのを見て、崔道成から仕返しされるのを恐れ、自害したのであった。
 魯智深と史進は相談のうえ、寺を焼きはらった。そして魯智深は開封へ、史進は少華山へ戻る事にし、二人は別れた。

 そして幾日かの旅路を終え、開封へたどり着いた魯智深。智真長老からの紹介状を手に、大相国寺の門を叩いた。
 僧侶達は、魯智深の風体や礼儀作法をわきまえないのを見て、とても出家とは思えぬと不安になった。智清禅師は兄弟子の智真長老からの手紙を読み、人を殺して出家し五台山で二度も大暴れしたが、いずれ悟りを開く人物なので、面倒をみてほしいと書かれていたので、どうしたものかと頭を悩ませた。みなを集め相談してみると、一人の僧から寺には野菜畑があり、時々町のごろつき共が畑を荒しに来て、今の管理人では取り締まる事ができない。そこで魯智深を菜園の番人として使ったらどうかとの案が出た。


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