物語 第五十七回

呼延灼敗走


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 新たに梁山泊に仲間入りした徐寧の指導のもと、屈強な兵士を選び、数日間鈎鎌鎗法の指導が行われた。鈎鎌鎗部隊ができると、宋江は呼延灼の連環馬軍を破るため、歩軍にて敵を誘き寄せ、鈎鎌鎗と撓鈎を用いて、生け捕りにする策を提案した。
 呉用・徐寧と協議し、十隊の歩兵と鈎鎌鎗部隊、水軍・馬軍が編成され、凌振は完成した砲で援護する事となり、歩軍・鈎鎌鎗部隊は夜明け前に対岸へと渡った。
 徐寧・湯隆の指揮する鈎鎌鎗・撓鈎部隊は蘆の茂みや、林に身を潜め合図を待った。

 夜が明け、偵察からの知らせで梁山泊軍に気付いた呼延灼は連環馬軍をふた手にわけ、呼延灼と韓滔それぞれ一隊を率いて敵にあたった。梁山泊十隊の歩軍は、敵が近付いてきても戦わずに逃げ、連環馬軍を鈎鎌鎗部隊の潜んでいる場所へ誘い込んだ。
 伏兵がいるとも知らず、呼延灼は連環馬軍を指揮し、一気に敵を押し潰そうとした。すると、蘆の中や林の中から鈎鎌鎗がのびてきて、次々と連環馬軍の両側の馬を引き倒してしまう。連環馬は鎖でつながれているので、一頭が倒れると、機動性はなくなってしまい、馬も兵士も次々と撓鈎で捕えられた。

 敵の策に気付いた呼延灼だが、時すでに遅く連環馬軍は徐寧の育てた鈎鎌鎗部隊によって壊滅した。連環馬軍を支援していた討伐軍の歩兵隊も水際に追いやられた、ことごとく梁山泊軍の水軍によって生け捕りとなった。
 呼延灼は残った兵をまとめて韓滔と合流しようとしたが、すでに韓滔の隊も呼延灼同様、敵の挑発にかかり、伏兵していた鈎鎌鎗・撓鈎部隊によって連環馬軍は破れ兵士は捕らえられ、ついには韓滔も劉唐と杜遷の部隊によって生け捕りとなっていた。
 多くの兵を失い敗北を悟った呼延灼、立ちはだかる穆兄弟・解兄弟ら歩軍を撃ち破ると、単騎で血路を開き敗走。青州の慕容を頼って落ちのびていった。

 呼延灼の討伐軍を破った梁山泊では、多くの軍馬を捕獲し、敵兵を生け捕りとした。武器や防具、数え切れないほどの戦利品を山寨に持ち帰り、勝利の宴が行われた。
 捕虜となった韓滔は、彭玘・凌振から仲間入りをすすめられると断る理由もなく、おのずと仲間入りし、歓迎の宴が開かれた。すぐに陳州に残している家族宛に手紙を書き、山寨に迎え入れる手筈を整えた。
 討伐軍によって被害にあった北と西の酒店は修復され、石勇・時遷・孫新夫婦はそれぞれの持ち場に戻った。

 一方、旧知の慕容を頼って青州城に向かった呼延灼、数日間馬を走らせ青州に入ると、途中ある酒店で宿をとった。今回の戦いで身も心も疲労していた呼延灼は、この夜ぐっすり眠っていると、近くの桃花山の盗賊が麓を荒しまわり、不運にも踢雪烏騅を盗まれてしまった。
 すぐに追いかけたが、すでに遠くへと逃げ去ったあと。しかたなく、翌朝歩いて青州城に入り、青州知事である慕容彦達に対面し、これまでのいきさつを語った。話しを聞くと慕容は呼延灼を慰め、一室を用意させて休ませた。

 ここ青州には多くの盗賊がいて慕容の頭を悩ませていた。今回の討伐失敗をとりなす条件として、慕容は呼延灼に、青州管轄の山賊討伐を命じた。慕容の妹が皇帝の寵愛をうけているので、慕容には権力はあった。
 呼延灼は汚名挽回のためと、奪われた踢雪烏騅を取りかえすため、三日後には二千の兵士とともに、まず桃花山へ討伐に出兵した。
 討伐軍の襲来を知らされた、桃花山の二頭目の李忠と周通。名馬を手に入れた喜びもつかの間、迎え撃った周通だが槍をまじえるも数合、かなわず山寨へと逃げ帰える、呼延灼の敵ではなかった。官軍の討伐を何度も追い払っていた桃花山軍だが、今回軍を指揮するのは名将呼延灼と知ると皆浮き足立った。

 山寨で相談をする李忠と周通。呼延灼が相手では、二人がかりでも山寨を守る事はできないだろうと、二竜山の魯智深の元へ救援の手紙を書く事になった。
 二竜山には魯智深・楊志・武松の他に施恩、張青・孫二娘・曹正も仲間入りして、青州にその名を轟かせていた。李忠の手紙を読んだ魯智深、以前桃花山に招かれたが、気が合わず金品を奪って逃走した事を思いだしていた。これまで山賊同士、互いに干渉する事はなかったが、噂に聞く呼延灼が討伐に出たのなら、桃花山に続き二竜山も狙ってくるだろうと考え、楊志達と相談した結果、援軍を出す事にした。
 翌朝、魯智深・楊志・武松の三人は手下の中から精鋭を率いて、桃花山へ向かった。

 一方桃花山では、李忠自ら呼延灼に戦いを挑むも相手にならず、すでに桃花山は包囲され、落とされるのは時間の問題であった。
 じりじりと包囲を狭める青州軍だが、後陣がふいに慌ただしくなった。呼延灼が様子を見に行くと、新手の山賊の軍が姿を現した。先頭を走るのは白馬にまたがった魯智深であった。
 呼延灼に罵声をあびせながら、禅杖を振り回す魯智深。怒った呼延灼は双鞭をふるって立ち向かって行った。二人は五十合ほど渡りあったが勝負はつかず、それぞれ退いた。続いて刀を振りかざし呼延灼の前に現れたのは楊志。だがこの二人の武芸の腕も互角、勝負はつかずこの日はそれぞれ退き陣を敷いた。

 この夜、呼延灼は梁山泊で破れ、青州では魯智深・楊志と次々に手強い相手に出会い、今だひとつの山も討伐できずに身の不運を嘆いていた。そこへ青州城から急な知らせが届いた。手薄となった青州城を白虎山の盗賊孔兄弟が襲ったとの事。
 帰還命令を受けた呼延灼は、敵に悟られないよう、全軍静かに行動させ青州城へ退いた。翌朝、魯智深達が敵陣が空になったのに気付いた時はに、すでに青州城を囲んでいた白虎山の盗賊を追い払い、兄の孔明は呼延灼に一騎討ちに破れ去り捕虜、弟の孔亮は残った手下をまとめて敗走した。

 孔兄弟は土地の金持ちと争いを起こし、殺人を犯してしまい、結果白虎山に山寨を築いて手下を集めていた。そのため城内にすむ叔父の孔賓に災いふりかかり、囚われの身となる。孔兄弟は城内が手薄となったと知り、孔賓を救い出そうとしたが、逆に孔明が捕まってしまい、孔亮は途方にくれていた。
 その孔亮と出会ったのは、以前宋江とともに孔家の世話になった武松だった。呼延灼が姿を消した後、李忠・周通は今回の礼として、山寨にて魯智深・楊志・武松とその手下達のために酒宴をひらき、翌朝、武松の先発隊が二竜山へと向かっていたところであった。

 二人は再会を喜ぶのもつかの間、孔亮は囚われの身となった兄と叔父をどうやって救い出せばいいか相談した。
 しばらくして、後続の魯智深・楊志の部隊と合流した武松は、孔亮を二人に紹介し、叔父を助けるために兄弟で青州城を攻めたが呼延灼が戻ってきたため孔明が捕らえられ敗北を喫した事を話すと、魯智深は李忠・周通達とともに、三山が力をあわせて青州城を攻め落とし、孔明を助け呼延灼を捕らえてくれようと気をはいた。
 だが、ひとり冷静な楊志は魯智深の意見に賛成しなかった。


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