
呼延灼の連環馬軍を破る策はないかと検討していたとろこ、湯隆は特殊な武器と従兄の力があれば討ち破る事ができると言った。これを聞いた林冲はすぐに禁軍金鎗班、金鎗手と呼ばれる徐寧の事ではないかと問いただした。
湯隆の言う人物とは、その徐寧であり、特殊な武器とは鈎鎌鎗といい、矛先に鎌をつけた様な槍であると説明した。湯隆は鈎鎌鎗を造る事はできても、門外不出鈎鎌鎗法を極めているのは徐寧のみで、本人でなければ扱う事ができない。
林冲は教頭時代に徐寧と手合わせした事もあり、その見事な槍の腕前を誉めた。だが問題は徐寧をどうやって仲間に引き込むかであった。
湯隆は徐家四代につたわる家宝の鎧、賽唐猊の存在を明かすと、呉用はその鎧を盗みだせは、おのずと徐寧がやってくるだろうと、すぐに時遷に鎧を盗み出させる様に指示した。
盗みの腕に関しては天才的の時遷、ひきうるとすぐに準備を整えた。呉用は時遷と湯隆、楽和に策を与え、打ち合わせが終わると、まず時遷ひとり開封に向かった。
時遷は城内にはいると、なんなく徐寧の家と、明日は皇帝の護衛の仕事で朝早い事を探り出した。時遷は、暗くなってから塀を飛び越え、庭に忍びこみ木の上に身を潜めて様子を伺った。二階の寝室の天井には確かに梁につるされた箱が見えた。
しばらくして徐寧が帰宅し、夕食が終り全員が寝静まると、時遷は行動を開始した。まず家の明かりを消し、女中が門を開けて出たスキをついて、中へと入り込み台所に身を潜めた。
息を潜め様子をうかがっていると、夜明け前から慌ただしく準備をし、徐寧が出勤していった。見送りに出た徐寧の妻や女中の目を盗み、台所からすばやく二階の寝室へと行き、梁の上へとよじのぼった。まだ外は冬の暗闇、女中らは戻ってくるとまた眠った。
時遷は梁につるされた鎧箱をそっと盗み取った。かすかな物音を聞いた徐寧の妻だが、時遷は鼠の泣き声を真似てごまかし、箱を背負うと身軽に屋敷から抜け出し、人混みにまぎれて城門を出た。
夜が明け戸が開きっぱなしになっている事に気付いた女中。不安に思い家中を調べてみると、梁にくくりつけていた鎧箱だけがなくなっているのに気付き、家中が騒然となった。徐寧に知らせようにも皇帝の警護の為近付く事ができず、ただ帰りを待つばかりで何もできない。
しばらくして勤務を終えた徐寧が帰宅し、妻から鎧が盗まれた事を告げられると、大切にしていた家宝を失ってしまったとうろたえた。訴え出ようにも、人目を避けて無いと偽っていた物を盗まれたなどと言うのは恥をさらすだけ、かといって探す手がかりもない。どうする事もできず、徐寧は眠れぬ一夜をすごした。
翌朝、従弟の湯隆がやってきたと知らせを受けた徐寧が出迎え、久々の対面を喜んだ。湯隆は父親が死に、少しばかりの遺産を従兄に分けるあたえる為にやってきたのだと言うと、金を取り出し徐寧に渡した。徐寧は礼を言って受け取った。
湯隆は徐寧のうかぬ顔を見て、どうしたのかと問いかけると、家宝の鎧を盗まれた事を湯隆に話し始めた。人目をさけ、箱にいれ梁につるしていたが、金では買えないと知った者が腕のいい盗賊に盗ませたのだろうとつぶやく徐寧。
湯隆はどんな箱に入れていたか聞くと、来る途中の酒店でその赤い箱を見たと答える。手がかり得たりと、徐寧はすぐに賊を追いかけようと湯隆に協力を願い出て、二人は急いで飛び出した。
東へと向かった徐寧と湯隆は、途中酒店に立ち寄り、赤い箱を担いだ怪しい人物を見かけなかったかと店の者に訪ねると、昨日足を痛めている男が赤い箱を持っていたと聞き出す事ができた。徐寧はすっかり信じてしまい、勤務などほったらかし。以後も湯隆は酒店や宿に立ち寄るたびに、赤い箱を持った男について訪ね、確実に情報を得ていった。
賊は足を痛めているだけあって、二人は次第に賊に追い付き、目前に迫った様子。だがこれも全て策のうち、時遷はあらかじめ立ち寄った酒店や宿には印を付け、足を痛めているふりをしていた。湯隆はしるしのある店を見つけるたびに入り、賊についての聞き込みをし、徐寧を信用させ梁山泊へ誘い入れるのを急がせるのであった。
そして、つい今酒店を出て行ったとの情報を得て、やっと廟の前に座りこんでいる賊に追い付く事ができた。徐寧と湯隆は駆け寄って痛めつけようとすると、賊である時遷は張と名乗り、ある金持ちから依頼されて盗み出したが、足を痛めてしまったので、箱の中の鎧だけは先に仲間に持たせて帰らせたと言う。
鎧はあらかじめ戴宗に渡し、梁山泊へと運ばせていたので、たしかに箱は空であった。徐寧は鎧がもどらない事には帰るに帰れない。湯隆は誰に依頼されたかを白状させると、鎧を取り戻す為に賊を証人として道案内させ、その土地の役所に訴えでようと徐寧にすすめた。
三人がしばらく歩いていると、後ろから来た馬車に乗った男が湯隆に声をかけた。湯隆は徐寧に知り合いだと紹介すると、向かう道が同じだなので、連れが足を痛めているから荷台に乗せてもらえないかと頼んだ。実はこの馬車の男は楽和であり、呉用の指示通り三人を待ち受けていた。
楽和は鎧を狙う金持ちがいると、三人の話しに合わせ、得意の歌で徐寧の気を緩めておいてから、痺れ薬の入った酒をすすめた。
疑う事もなく酒を飲んで眠ってしまった徐寧。馬車はそのまま朱貴の酒店に向かい、徐寧の身を山寨に運んだ。覚まし薬を飲まされ正気を取り戻した徐寧は、驚いて湯隆に訳を問いただした。
湯隆は梁山泊に仲間入りした経緯をはなし、梁山の好漢達がいかに優れた人物であり、国の事を考えているかを説いた。そして討伐にきた呼延灼率いる連環馬軍を倒す事ができないため、策を用いて誘い出したのだと今までの事を詫びた。晁蓋と宋江もやってきて、楽和と時遷も徐寧に無礼を詫びておちつかせた。
徐寧は返す言葉もない。心配なのは残して来た家族の事、きっと災難にあっているだろうと心配していると、宋江から家族は山寨に迎えると言いわれ、林冲からも仲間入りのすすめがあったので、徐寧は断る事もできず、山寨では歓迎の宴が用意された。
鎧を持ち、開封へと向かった湯隆は、数日して徐寧の家族をだまして連れ出し、家財道具を運んできた。それだけでなく、途中徐寧のふりをして旅人を脅かしてきたので、すでに徐寧は犯罪者とされ、梁山泊へ仲間入りする道しかない。徐寧の家族達には住居が用意され、仲間入りの宴会が行われた。
その間にも、頴州と東京からは彭玘と凌振の家族がつぎつぎと山寨に迎えいれられ、静かな場所を選んで、それぞれ住居が与えられた。凌振は新たに砲を作り、材料をそろえると、対呼延灼戦に備えた。
翌朝、徐寧は鈎鎌鎗法を教える兵士を選ぶと、すぐに指導を開始した。すでに湯隆の作図を元に、雷横の指揮下で鈎鎌鎗の製造は終わっていた。
