
呉用は高廉に対抗できるのは公孫勝の法術しかないとして、相談の結果、戴宗を薊州に向かわせる事にした。戴宗はひとり連れて行きたいと言うと、そこに出てきたのは李逵。この戦の原因は自分にあるので戴宗のともをすると言う。呉用は道中、戴宗の命令を聞く様に約束させると、戴宗は李逵とともに梁山泊軍の運命を背負って、薊州へ向かう事になった。
戴宗の神行法は甲馬を足につければ、誰でも早く歩く事ができる。戴宗は李逵の足に甲馬をつけ、呪文を唱えると、二人は風の様に早く走り始めた。
しかし、李逵は精進料理を嫌がり酒や肉を食べ、戴宗のいう事を聞かずにいたため、戴宗は神行法をつかって少々こらしめた。神行法で歩く李逵は、耳もとをかすめる風の驚き足を止めようとしたが、なぜか足の自由が効かない。しだいに疲れて腹も減り、走りっぱなしでへとへとになった。
泣叫ぶ李逵に対して戴宗は、次ぎの呪文を口ずさむ。すると李逵の足はぴたっと止まったが、今度はまったく足が動かなくなった。戴宗は李逵が反省しているとみて、術を解き宿をとった。その日以来、精進料理を食べ、ちゃんと戴宗の命令を聞くようになった。
数日して薊州につき、城内を探し歩いたがどこを訪ねても公孫勝は見つからない。郊外へ足をむけ、村落や名山などをおとずれたが成果なし。
昼になったところで、食事を取ろうととある店に入ると、昼時で混雑していたので一人の老人と同席した。ふいに老人に公孫勝を知らないかと尋ねてみると、偶然にもその老人は公孫勝の隣に住んでいるとわかった。公孫勝はこの辺りでは清道人と名乗っているので、いくらたずねても見つかるはずがなく、たまたま老人が公孫勝の名を知っていたので、居所がわかった。
老人から公孫勝は九宮県の二仙山にいると聞くと、食事をすませて急いで二仙山にむかった。
途中道をたずねると、公孫勝は家で薬をねっていると聞いたので、まず戴宗が家をだすねた。対応に出た老母に山東の友人だと名乗ると、あいにく留守にしているとの答え。戴宗は引き下がって、今度は李逵に行かせてみた。ただちょっと脅かすだけで、老母には手をだすなとくぎをさして。
李逵が訪ねてみても老母は同じ答え。そこで李逵がひと吠えあげて家を揺らすと、老母はおどろいて叫び声をあげ腰を抜かした、その声を聞きつけた公孫勝が家の裏手から姿を現した。
すぐに戴宗がかけよってきて詫び、公孫勝に今梁山泊軍の危機であり、高廉を倒す為に力を貸してほしいと頼んだ。
話しを聞いた公孫勝はすぐにでも戦地に向かいたいのが、老母の面倒をみる者がいないのと、師匠である羅真人の許可がないと下山できないと言う。
戴宗はすぐに羅真人を訪ねようと言い、公孫勝の案内で紫虚観に入り、羅真人の庵をたずねた三人。羅真人の前にて、公孫勝は梁山泊の戴宗と李逵とを紹介した。戴宗は、今高唐州で対立している妖術使いの高廉に梁山泊軍は二度も負けこのままでは全滅の恐れ、宋江の命令でどうしても公孫勝を連れて来るように命じられたと説いた。だが、羅真人は下界との交流を断ち切るようにと、公孫勝の下山を許さなかった。こうなつては、公孫勝は退きさがるしかなかった。
明日も出向いてもう一度頼み込んでみる事にし、この日は公孫勝の家に泊まる事になった戴宗と李逵。李逵はまたいつもの悪い癖で、羅真人がいなければ公孫勝も自由だと勝手な事を考え、皆が寝しずまるのを待ち、夜中にこっそり起き上がって二挺斧を持ち出し、紫虚観に潜りこみ羅真人を探した。
羅真人は庵にて経読の最中。しめしめと李逵はこっそり近付き二挺斧をふりかざして頭をまっぷたつにした。庵を出たところで、ちょうどひとりの童子に出会ったので、それも斧でばっさり。そして何事もなかったのように急いで公孫勝の家にもどった。
翌朝、戴宗は再び羅真人を訪ね、公孫勝の下山の許しを乞う事にした。李逵はそんな必要はもうないのだと、昨夜の事を思い出し笑いをしながら、戴宗と公孫勝の後に続いて紫虚観に向かった。
だが李逵の思惑通りには事は運ばず、確かに殺したはずの羅真人は生きていた。戴宗が羅真人にもういちど公孫勝の下山の許しをこうと、昨日とはうってかわって、公孫勝の下山の許しがでた。
李逵は驚いて何も言えなかった。実は昨夜は、李逵は羅真人の術によって騙され、瓢箪をまっぷたつに斬っただけであった。
羅真人は公孫勝の下山は許したが、李逵が夜中こっそり忍び込んで殺そうとした事に対しては許す事はできず、ひとつこらしめてやろうと、雲で高唐州へ送ってやろうと言い、公孫勝、戴宗、李逵をひとりひとり布の上に立たせ呪文を唱えると、布は雲となり空に浮かび上がった。羅真人のひと声で、公孫勝と戴宗の雲は降りてきたが、李逵を乗せた雲だけ、そのまま空の彼方に飛び去っていった。
李逵はそのまま薊州の役所まで飛ばされた。役人達は空から落ちて来た事と、ただならぬ李逵の容姿を見てびっくり。これは妖人であろとう、糞尿をひっかけ縛り上げて痛めつけた。
たまりりかねて李逵は羅真人の弟子で、ちょっとしくじったためにここに飛ばされた、すぐに迎えが来るから丁重にあつかえと叫ぶ。知事は騙せなかったものの、この地方には羅真人の名が轟いているだけに、役人たちは李逵を恐れて、酒や食事をふるまって機嫌をとった。
数日して、羅真人の使いが空から舞い降り、李逵を再び雲にのせ紫虚観へ運ばせた。これには戴宗が毎日のように羅真人に李逵の無礼を詫びに来ていたからであった。
羅真人は、李逵はもともと天殺星の宿星に生まれ、公孫勝も同じく天罡星の仲間である事を知っていた。李逵も反省したとみえ罪を許す事にし、羅真人は公孫勝を呼んだ。
