物語 第五十回

祝家荘崩壊


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 孫立達が出発した後、宋江の陣営に扈家荘から扈成が礼物を持ってやってきた。扈成は無礼をわび、捕われの身となった扈三娘を釈放してほしいと願いでた。
 宋江は呉用と協議し、捕虜となっている王英の身柄と交換でと言うと、すでに王英の身柄は祝家荘にあるので、どうにもならないと扈成は言う。
 呉用は扈成に、扈三娘の身柄はすでに梁山泊にあり、宋太公の元で身の安全は保証し、戦いが終われば釈放する事を約束し、扈成に対して、今後祝家荘に加勢しない事、もし祝家荘から扈家荘に逃げてきたものがいたら捕らえる事を約束をさせ帰らせた。

 梁山泊軍から離れた孫立孫新の夫婦、解兄弟、鄒淵と鄒潤、楽和は車に荷物を積んだまま、登州兵馬堤轄の旗をかかげ、数人の供をつれて祝家荘を訪れた。
 登州から孫立が来たと知らせをうけた欒廷玉は、祝朝奉に報告すると喜んで出迎え孫立と家族達を祝家荘に迎えいれた。数年ぶりに欒廷玉と対面した孫立は、登州からウン州へと転任の途中で欒廷玉が祝家荘の武芸師範をしていると聞いたので訪問したと喜びをあらわし、宴の席に招かれると、祝朝奉、祝兄弟に自分の家族と兄弟、鄒淵と鄒潤と楽和を役人と紹介した。

 それぞれ挨拶を終えると、孫立は荘内の慌ただしい雰囲気を尋ねた。欒廷玉は今祝家荘は梁山泊軍と戦の真っ最中だと詳しく話すと、孫立は加勢を願い出た。
 同じ師の元、武芸を競いあった孫立の加勢、これほど心強い事はないと欒廷玉は喜んで賛成した。孫立達一行は多くの荷物を抱えそれぞれ家族づれであり、祝兄弟も欒廷玉の知り合いならばと安心し、疑う者は一人もいなかった。
 顧大嫂と楽夫人は祝家の家族達と打ち解けあい、欒廷玉の知り合いが当地の兵馬堤轄として転任してきたと知ると祝朝奉も喜んで、孫立達をもてなした。

 翌日、梁山泊軍は花栄を先頭にたて、祝家荘を攻撃した。祝彪は門を出て槍を交えたが、決着が着く様子はない。負けたふりをして花栄が身をひいたが、祝彪は相手が弓の名人と知って深追いはしなかった。
 また翌日には林冲が先陣を引き連れ攻めてきた。祝三兄弟は鎧に身をかため、欒廷玉と孫立を左右に配して対立した。まず祝竜が林冲に勝負を挑んだが、決着はつかない。続いて祝竜に変わって祝虎が前へ出ると、梁山泊軍からは穆弘が出てきた。
 これも数合刀を交えたが、二人の勝負は五分で勝負はつかなかった。つづいて三男の祝彪が槍をかまえて現れた。これに対して梁山泊軍からは楊雄が名乗り出た。違いに槍を巧みに操り戦いあったが、勝負はつかない。

 ころ合いよしとみて、孫立は鞭を握り馬にまたがり、祝家荘の門を飛び出した。梁山泊軍からは石秀が出た。二人は数合渡り合った結果、孫立は鞭をふるって石秀を撃ち、落馬させ生け捕りとし、勢いにのって祝三兄弟は梁山泊軍を追い散らした。そしてこの日の戦いは終えた。だが、これもあらかじめ呉用の用意していた計略のひとつである。孫立の信頼を植え付ける為、石秀はわざと孫立に負け、捕虜の身となったのだ。
 孫立は戦の祝いの席で、首魁の宋江を捕らえてからまとめて捕虜を都に届けるのがいいと進言したので、捕虜の見栄えを良くしろと十分な食事を与えさせた。その間にも顧大嫂は屋敷の奥むきをくまなく調べ、決行の準備を進めていた。楽和は自慢の喉を披露し、祝兄弟らを楽しませた。
 翌日、梁山泊軍は四部隊にわかれ、それぞれ五百の手下で四方から屋敷を攻めた。知らせを受けた祝家荘では、欒廷玉の指示で、同じく四方に軍力を分散させ迎え撃つ事とした。
 まず東からは手下を従え林冲、後ろには李俊と阮小二がつづく。これに祝竜があたる。西側からは花栄が張横と張順を従え、手下を引き連れてきた。これに対して裏門から欒廷玉がでた。南からは穆弘、楊雄、李逵の面々。これには祝虎があたる事となった。
 北の表門には宋江率いる本陣が見えた。これには祝彪が精鋭を引き連れ、宋江を捕らえようと威勢をあげ迎え撃った。

 祝家荘では欒廷玉、祝竜、祝虎、祝彪が次々と撃ってでたので、残っているのは祝奉朝と少数の下男達と孫立達のみ。表門を見張っていた楽和は合図を出すと、すぐに鄒淵と鄒潤は捕虜となっていた秦明、石秀、黄信、とう飛、楊林、王英、時遷を解放して武器を渡し、解兄弟は裏門を奪いとり大暴れ、孫立、孫新と楽和は表門を奪いとった。
 顧大嫂は楽婦人を安全な所に避難させると奥むきへはいりこみ、火を付け祝家の家族を皆殺しとした。計られたと気付いた祝朝奉は、かなわぬとみて井戸に身を投じようとしたが、いち速くかけつけた石秀によって討ちとられた。

 戦乱の中、まっ先に屋敷にて煙りが上がったのを見て異変に気付いたのは祝虎。何事かと驚いて、急ぎ駆け巡り屋敷へと引きかえそうとしたが、表門には味方のはずの孫立と孫新が鉄鞭を構えて立ちはだかり中に入れない。さては計略だったかと気付いたが時すでに遅く、呂方と郭盛の二本の戟に攻められ、ついに退路を断たれ逃げ道をなくし、戦乱の中討ち死にした。
 指揮者を失った祝家荘の下男達は次々に梁山泊軍に討たれ、他の者は対し戦わず逃げた。

 屋敷の東側で祝竜は林冲との死闘をくりひろげていたが、次第に疲れがみえはじめ、かなわぬとみて屋敷に逃げ帰ろうとして総崩れとなった。だが裏門には解珍と解宝が待ち構え、点鋼叉を突き出し突然襲いかかってきたので、中に入ろうには入れない。次々と下男達を失い、夢中で表門の方へ逃げようとしたが、途中で李逵に立ちふさがれた。
 南側の敵を蹴散らし、さらに勢いを増して暴れ回る李逵は、徒対騎馬の悪条件を苦にせず、二梃斧を振り回し正面から切り込んで行くと、まず片斧で祝竜の乗馬の前足が叩き斬り、転げ落ちたところを飛びかかって行き、もう一方の斧で一瞬にしてとどめをさし、祝竜の首を取った。

 下男から知らせを受け、異常を悟った祝彪は屋敷に帰らず、扈家荘に向かったが。だが、かねてより待機していた扈成と下男達に取りおさえられた。扈成は約束通り祝彪を縛りあげると、そのまま宋江の元にひきわたそうとしたが、途中で李逵に出会い、祝彪をはじめ扈家荘の下男達が次々と襲われたので、慌ててその場から逃げ出した。
 祝彪を討ち取っただけでは気がすまず、そのまま扈家荘内にのりこむと、扈太公の家族から下男まで一人残らず扈家荘の人々を斬り殺し屋敷に火をつけてしまった。
 このとき唯一逃げ出したはの扈成のみであった。

 孫立は宋江を祝家荘内に迎えいれると、手下達が分捕った品々を調べ、好漢達がそれぞれの状況を報告を始めた。そこへ返り血をいっぱい浴びた李逵が祝虎と祝彪の首をもってやってきた。祝家の二人を殺し扈家荘も全滅させたと満足そうに報告する李逵に対して、宋江は扈成との和議を台無しにしたと李逵を叱り手柄を帳消しにしたが、李逵は褒美などどうでもよかった。
 宋江は、戦乱の中で欒廷玉が討ち死にした事を残念がったが、捕虜となっていた好漢達が無事助け出され、見事祝家荘を落とした事を喜んだ。祝家荘の民の処分を考えたが、石秀の進言で、探索中助けてくれた鐘璃に免じて皆殺しにはならなかった。

 奪いとった金品と食料を梁山泊に運ばせ、食料の一部を民に分け与えると、隊を整え梁山泊に帰還を始めた。そして独竜岡最後の締めくくりとして呉用はもうひと仕事行った。
 それは李応を仲間に引き込む事。蕭譲、裴宣、金大堅、侯健に書類等を準備させ、それぞれ知事、孔目、虞候に変装させ、山賊に味方した疑いがあるとして李家荘から李応と杜興を連れ出し、うまい具合に通りかかったようみせかけた宋江達が李応と杜興を助け出す。
 二人が仲間入りを断るのを、無理に一時梁山泊に避難してはと言いくるめ山寨に招くと、後の者が李応の屋敷を焼いて荷物をまとめ、家族や下男達を山寨へと連れて来くる手筈であった。

 すでに屋敷はなく、家族も向かって来ていると聞かされると、唖然とする李応。こうなってはと仕方なく仲間入りを承諾せざるをえない李応と杜興。さらに驚くのは、あの時、知事の一行に変装していたのは知事役の蕭譲を始め、孔目には裴宣、巡検には楊林、虞候役には金大堅、侯健、都頭には李俊、張順、馬麟、白勝だと聞かされた事であった。
 すでに梁山泊では、祝家荘を攻略したとの知らせを受け、宴が用意されていた。この夜は多くの食料と金品を手に入れ、新しく仲間に加わった李応、解兄弟、孫兄弟、扈三娘、鄒淵、鄒潤、楽和、杜興のために盛大な宴が開かれた。

 宋江は宴の最中に、以前王英と約束した事を話しはじめ、仲間入りを承諾してくれた扈三娘を王英の妻とする事を発表すると、中には宋江が妻にするのではないかと思っている者もいたので、改めて宋江の義気に驚かされた。
 武芸では劣るものの王英は喜び宋江に礼をいい、こうなると扈三娘も宋江の言うままに従う気になり、そのまま婚礼の宴となった。結ばれた二人に皆が祝いの言葉を送り、梁山泊は大いに盛り上がった。


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