
追いかけてきた李雲と李逵は朴刀で数合わたりあうが決着はつかない、朱富は二人に割ってはいり戦いを止め、権力に屈する事から逃れ、自由な生き方を求めようと、李雲に梁山泊へ仲間入りをすすめた。
李逵を取り逃がし、手下達を失った責任は重いと感じる李雲、このまま戻れば責任をとる為に重罰を受けるのは目に見えている。朱富に説かれ考え直すと、ともに仲間入りする決意をする。これぞひとり身の強さであった。
李逵・朱富・李雲の三人は先に出発させた家族と朱貴に追いつくと、そろって梁山泊を目指した。
馬麟と鄭天寿に出迎えられ梁山泊についた四人は一同に出迎えられ歓迎された。朱富の家族たちはそれぞれ住まいが用意され、それぞれの役職についた。歓迎の宴では、李逵は偽者に出会った事、途中で母親を虎に食べられ、四匹の虎を退治した事を話すと、好漢たちはみな泣き笑いし、かつ新たな仲間入りを祝い大いに賑わいだ。
朱富と李雲にはそれぞれ仕事を任され、他の頭領達もみな任務を守った。ここに多くの好漢が集ったが、ただひとり公孫勝が百日の期限で郷里に帰ったまま音沙汰が無い。そこで、様子を見る役目として戴宗が選ばれた。
戴宗の神行法なら、薊州まで十日で往復出来る。早速、戴宗は身支度を整え、薊州へと出発した。
戴宗は途中、筆管槍を抱えた男、錦豹子の楊林と名乗る好漢に呼び止められた。各地を渡り歩く楊林は公孫勝と出合い、梁山泊の仲間入りをすすめてもらい、仲間入りに行くところであった。公孫勝から戴宗の事を聞いてきた楊林は、尋常ならぬ駿足に気付き、とっさに声をかけたのだ。
酒屋で休息をとり意気投合した二人は義兄弟の杯を交した。楊林が薊州の地理にも詳しいと知ると、そろって公孫勝探しに向かう事にした。戴宗の神行法は四枚の甲馬のうち二枚を楊林の足に結びつけ、呪文を唱えると楊林の足も戴宗並の駿足になる。二人そろって神行法で道を急いだ。
薊州を前にし、飲馬川と呼ばれる川に囲まれた山に通りかかる。この山には近ごろ盗賊が山寨を築き人々を恐がらせているという。
戴宗と楊林が通りかかったとたん、山からは二百人ほどの人馬が駆け降りてきた。率いるのは二人の好漢、馬上から戴宗と楊林に向かってお決まりの文句、通り賃をよこせとどなっている。
楊林はこらしめてやろうと鎗を構え進み出ると、山賊の二人のうち、一人は楊林の顔を知っていたらしく、武器を捨て馬から降り楊林に近づいた。それが以前仲間だった鉄鏈の使い手、火眼狻猊の鄧飛だと気付いた楊林は駆けより礼を交した。鄧飛は弟分の玉旛竿の孟康を呼び寄せ挨拶させた。
楊林は二人を戴宗に紹介すると、互いに名乗りあい、戴宗と楊林は山寨へ招かれた。山寨にはもう一人の頭領がいて、名を裴宣という。もとは京兆府の孔目であったが、鉄面孔目とよばれるほど実直であり、民から慕われていた。だが、それが裏目に出て、上司の恨みをかい沙門島へ無罪の罪で流される途中、飲馬川近くを通りかかったところで、鄧飛と孟康に助け出され、首領の座をすすめられたのだった。
この日の山寨は五人の好漢が集い、盛大な宴となった。裴宣は得意の剣舞を舞い、遅くまで飲み続け好漢達の話しは尽きなかった。三人ともすばらしい人物だと知り、戴宗は裴宣達に梁山泊へ仲間入りをすすめると、みな依存なく、この山寨を棄て戴宗に従い梁山泊入りを決意した。
戴宗は公孫勝探しの命をうけているので、まず公孫勝を探しだした帰りにたちより合流しようと決め、翌朝楊林とともに山を下りた。
戴宗と楊林、数日して薊州城外につき、街の人に聞いてみたが、誰一人として公孫勝を知る者はなく、三日間くまなく探し続けたが何の手がかりもなかった。念のため城内も探し歩いたが、やはり手がかりがつかめなかった。
城内での捜索をあきらめた二人がふと見ると、賑わう人だかりをわって、首斬り役人が役目を終え、人々からの祝儀の品を抱えた二人の手下を引き連れ、歩いているところだった。
立派な体格に見事な刺青をし、歩いてくるのは病関索の楊雄という、河南生まれの男。そこへ張保という守備兵がならず者の仲間を従えやってきて、金を貸せと因縁をつけ喧嘩になった。
相手は七八人である。人数でまさる張保は手下達に祝品を奪い取らせると、楊雄をならず者達に手足を押さえさせ身動きが出来ない様にした。街の人が遠巻きにして見つめる中、一方的にやられているのを見かねた一人の薪売りの身なりをした男が飛び込んできて、張保とごろつきたちをやっつけた。
自由を取り戻した楊雄も武器をとり、逃げ出すごろつき達を追いかけ、張保を叩きのめした。
争いが収まったところで、戴宗と楊林は薪売りの男の正義感と、並ならぬ武芸の腕に惚れ声をかけた。戴宗は男を酒屋に誘い、名を尋ねた。
薪売りの男は建康府の生まれで名は石秀、人の困っているのを見過ごす事の出来ない性格。この地に商売にきたが叔父を亡くし元手を失い、今はひとり薪売りをして生計をたてている。
戴宗と楊林は名を名乗り、石秀に行く宛がないのなら梁山泊へ入りしてはどうかと誘い、路銀を渡した。梁山泊の噂を聞いていた石秀は仲間入りを喜んだ。
戴宗と楊林と石秀の三人が話しをしているところへ慌てて先ほどの首斬り役人の楊雄が手下を従えて飛び込んできた。張保から祝品を奪い返し、助けてもらった薪売りの男を探していたところであった。戴宗と楊林は面倒事が起きてはと、人ごみに紛れ飛び出して行く。
石秀を見つけ、楊雄は席につくと互いに名を名乗りあい、助けてもらった礼を言い、酒を交すと意気投合し義兄弟の杯を交した。
楊雄は石秀を家に住まわせる事にし、もめ事を聞きつけ駆けつけた舅に義弟を紹介した。親類のない石秀にとって喜ばしい事であった。
楊雄は舅と石秀をつれ家に帰ると、出迎えたのは楊雄の妻、藩巧雲。七月七日に生まれた事から巧雲と名付けられ、以前は王押司に嫁いでいたが先立たれ、このたび楊家に嫁いできたのだ。義弟の石秀を紹介すると互いに挨拶を交し、一室が石秀に用意された。
楊雄は舅と相談して、石秀の以前の経験を活かし、肉屋を営業させる事にした。楊雄の舅も肉屋を営んでいたが、高齢のため廃業していた。
良い場所に店舗を構え、開店祝も無事終わり、営業を開始すると商売上手な石秀の開いた肉屋は、すぐに軌道にのり繁盛した。
一方戴宗と楊林は、その後も数日間歩きまわり手がかりを探したが、依然として公孫勝を知る者はなく、ひとまず断念し、梁山泊へ戻る事にした。
戴宗と楊林は約束通り飲馬川にたちより、裴宣達と合流。山寨を焼きはらい、荷物をまとめ、従うものだけを連れ、梁山泊に仲間入りをはたした裴宣・楊林・鄧飛・孟康の四人の好漢。戴宗の労いと新たな好漢の為に、晁蓋をはじめ好漢達一同、盛大な宴で迎えられた。
新たに入山した好漢の家族達はそれぞれ住居が用意され、裴宣・楊林・鄧飛・孟康は割り当てられた職務に就いた。
