物語 第四十二回

玄女と星主


<前解説目次次>

 晁蓋達が止めるのもきかず、父親を迎え入れるため、皆に見送られ金沙灘を渡った宋江。数日にして宋家村にはいった。日が暮れるのを待ち、闇に紛れて家の裏門を叩いた。出てきたのは弟の宋清、兄の姿を見て驚いた。
 宋江は江州での騒ぎがここまで届く前に父を連れ出すつものであったが、すでに騒ぎを知っている役所では、公文書が届きしだい父と弟を捕える手筈で、屋敷には見張りがついていた。それを聞いた宋江は冷や汗をかき、慌てて屋敷から逃げ出した。
 たがしばらくして追手がやってきた。数え切れないほどの松明が宋江の後を追う、慌てて逃げ出した宋江はこともあろうに還道村という行き止まりの道に逃げ込んでしまっていた。

 追手は次第に近づいてきている。宋江は還道村の入り込んだ事を気付き、古びた廟の中に身を潜めた。追ってきたのは都頭の趙能と趙得兄弟、四五十人ほどの手下を引き連れて宋江を捕えようとしている。
 古廟に入った宋江は帳を上げて祭壇の中に隠れた。すでに廟の外では人の声がし、松明の明りとともに中に入ってきた。趙得は松明をかかげ廟内の捜索を始め、やがて祭壇の方へと近づいてきた。隠れていた宋江はもはやこれまでか、と観念した。だがその時、不思議な事にふいに黒煙が上がり、趙得の目をくらませた。驚いた趙得は松明を投げ捨て古廟から飛び出していった。

 次にやってきたのは手下を連れた趙能。行き止まりの道、古廟以外身の隠す場所などなく、古廟に潜んでいると確信し中へ入った。
 松明を照らして祭壇に近づき、帳に手をかけ中を覗いたとたん、一瞬にしてすべての松明が消え廟の中は暗闇となった。神のたたりだと恐れた手下達は慌てて廟の外へと逃げ出した。だがなおも趙能は祭壇を怪しみ、槍で突いてみようとした。だがまたも突然怪しげな風が吹き、地面は揺れ、趙能は鳥肌がたつほどの冷気を感じた。
   まさしく神のたたりだと恐れ、趙兄弟は手下達を集め村の出口をふさぐように命じた。道の出口をおさえておけば逃げられる恐れはない。日の出を待って改めて捜索しようと廟を離れていった。

,  ひと安心した宋江だが、出口をふさがれ逃げ道のない状態に変りはない。逃げ出す手段を思案していたら、不思議と奥から星主様と呼びかける声が聞こえる。宋江は自分の事を呼んでいるとは思わず、呆気にとられたまま、祭壇を出てみると、声の主は青衣を身につけた二人の童子であった。
 宋江は童子に言われるまま、祭壇の後ろ側へとついて行くとそこは別世界とも思える広々とした空間の入り口であった。表現しようのない世界に足を踏み入れた宋江は、ただおどろくばかり。美しい庭園が広がり、石橋を渡り立派な宮殿に登ると、童女に守られている美しい女神の姿があった。

 宋江は恐縮しつつ座に着くと、女神から酒と棗をすすめられる。三杯の酒を飲み棗を三個食べ、女神から三巻の天書を与えられた。
 童女から天書を手渡され懐にしまうと、女神は宋江に四句の天言を授けた。そして宋江に向かって、心にはいまだに魔心があるため下界で暮らし、天機星(呉用を示す)とともに天書を熟読し天にかわって道を行い、忠義をまっとうし、民を助けるようにと星主としての役目を説く。また功を得た場合には天書を焼き捨てる様にと忠告した。
 女神からの言葉を聞き終えた宋江は礼を述べ童子に導かれて宮殿を出た。

 元来た道を戻る途中、童女に石橋の下で二匹の龍が戯れていると言われ、宋江は言われるままに下を覗ぞきこむと、ふいに童女に背中を押され石橋から突き落された。
 あっ、と声を上げた瞬間、宋江は祭壇に身体をぶつけた。辺りを見回すとそこは元の古廟の祭壇の中、夢でも見ていたのかと思うと、口の中にはまだ酒の香が残っており、手の中には三粒の棗の種がしっかり握られていた。懐を改めると受け取った三巻の書がある。この出来事は夢であって夢ではなく、女神と出会った事はすべて現実であった。

 趙兄弟を追い出した件、この不思議な出来事はすべて出会った女神の神通力によって起こった事だったのかと、宋江は暗闇の中目を凝らして見ると祭壇にはさっき出会った女神の姿が祭られていた。廟の額には玄女之廟と書かれていた。まさしく女神に助けだされたと知ると、廟に向かって礼を言い、女神から聞いた天言を心に刻む。童女から、おのずと助かると告げられていたので、恐る恐る村の出口の方へと足を進めた。
 しばらくして何者かが駆け寄って来るのに気付いた。宋江は慌てて木の陰に隠れると、何かに追いたてられるように役人達が逃げさって行き、趙兄弟の姿も続いた。不思議に思っていたが、それはすぐに解った。役人達を追いかけているのが李逵であったからだ。

 晁蓋は宋江の事が心配になり戴宗に探らせた結果、宋江一人の手にはおえないだろうと兄弟達を引き連れて宋江の援護にきたのであった。
 趙兄弟は李逵の二梃斧によって落命し、宋江の父と弟の宋清はすでに味方が無事梁山泊へ迎えた事を知ると宋江は安心し、晁蓋たちに礼を言い皆そろって梁山泊へと戻った。
 金沙灘では留守役の呉用達が出迎えた。親子の感動の対面のあと、聚義庁では宋江の父の為に盛大な宴が催された。宋江の父には静かな場所を選び屋敷を構え住んでもらう事とした。

 毎日の様に宋江は父のそばで孝行をする、その姿を見た公孫勝、郷里に一人残している老母の身が心配となり、また、師匠の羅真人にも会いたい申し出た。晁蓋は百日間の期限つきで公孫勝の下山を許した。
 公孫勝の為に送別の宴を行い、翌朝には皆に見送られ道士姿の公孫勝はひとり郷里を目指し旅立った。見送る好漢達の中、またひとり親の姿を懐かしむ漢がいた。黒旋風の李逵である。
 李逵も郷里には老母がいて、今は兄が面倒を見ているが生活はとても苦しい。宋江の様に親を梁山泊に迎えて楽をさせてやりたいと言いだしたのだ。


<前解説目次次>