物語 第三十九回

叛詩を書く


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 琵琶亭でも、また李逵がもめ事を起こす一幕があった。歌唄いの娘を怪我させてしまったのだ。幸い軽い怪我で住んだので、宋江はいくらかの治療費を渡した。お守役の戴宗はきがきではない。
 戴宗と李逵はそれぞれ別れると、宋江は張順を連れ牢城に戻り、張順に兄からの手紙を渡し別れた。張順から土産にもらった魚を、牢城の者たちにも分け与える。
 宋江はその日、食べすぎたせいか宋江の魚好きが裏目に出、腹をこわして寝込んでしまった。数日間も寝床で苦しんだ宋江、戴宗達も心配そうに見舞にやってきた。

 牢城の者達も心配そうにしていたが、宋江の腹痛は回復し、食べ物をうけつける様になった。久々に外へ出ようと飲み相手を探したが、誰もつかまらず、結局一人で酒楼に入った。ここ江州でも名高い潯陽楼である。
 上等な席に案内され、江の景色を見ながら酒を飲んだ。一人で杯を重ねたせいか、ふと身の哀れさが心の奥からこみあげてくると、宋江の眼からは涙がこぼれおちた。少しは人様の為に役にたてたが、ふとした過ちから遠く江州に流され、身に刺青された親不幸者。
 見回すと壁にはいろんな詩が書かれていた。つい宋江も筆を借り、今の苦境を筆に託した。
 泥酔し壁に詩を書き終えると満足し、千鳥足で牢城へ戻った宋江だが、この謀叛の詩を見つけた者がいた。黄文炳といい、江州対岸の街、無為軍に住む元高官である。詩をひと読みすると、謀叛の心を持つ者が書いたものだと悟った。
 この日、黄文炳は蔡得章に合う為に屋敷を訪れたが接客中だったので、時間を潰す為に潯陽楼にたちよったのだ。
 証拠として詩を書き写すと蔡得章を訪ね、江州に謀叛をくわだて様とする者が潜んでいると告げた。黄文炳は高官の地位を得て、もう一度甘い汁を吸ってやろうと復職を願っている。そのため、まめに手土産持参で蔡得章を訪れ、取り入ってもらおうとしているのだった。

 蔡得章の機嫌をうかがうと、近ごろ届いた父蔡京からの手紙には江南地方に謀反の兆しありと噂され、とくに注意する様にと書かれていた。また、都では妙な歌が流れているという。それを聞いて、してやったりの黄文炳、どちらの件も謀反の詩を書いた人物と一致する。  黄文炳は、すぐに詩の写しを見せて、まぎれもなく謀反を企てる者がいる事を蔡得章告げ、事が起こる前に対処すべきだと進言した。  驚いた蔡得章は黄文炳の言葉をそのまま受け入れ、すぐに叛詩を書いた者を探し出す様に命じた。

 詩の最後には丁寧に宋江作と名を残している為、すぐに犯人は牢城の囚人だと判明した。蔡得章は戴宗を呼び寄せ、謀叛の疑いありとして宋江を捕えよと命じた。
 戴宗の顔は青ざめて驚いた。罪を犯したとはいえ宋江を捕える事など出来るはずがない。だが命令に背く訳にはいかず、手下達をひとまず待機させ、宋江にこの危機を知らせた。何とかして助け出さねばと、宋江に狂ったふりをしてごまかそうとだけ言うと、自慢の駿足を飛ばして駆け戻った。
 準備を整えた戴宗は手下を率いて再び宋江の元へやってきた。打ち合わせ通り部屋の中で宋江は髪を身だし錯乱のふりをして戯言を叫んでいる。戴宗は狂人など相手にはできぬと険しい表情をすると、手下をまとめて引き上げた。

 蔡得章の前に戻るった戴宗、宋江という囚人は狂人であり、詩も謀叛の心あって書いた物ではないと報告した。だが後ろで聞いてきた黄文炳、書かれた詩は狂人の筆とは思えぬ、捕えてみれば判るであろうと蔡得章をけしかけるのだった。
 なんとか難を逃れたかに思えたが、黄文炳の入れ知恵にて再び戴宗を向かわせ宋江を捕えさせた。こうなっては戴宗にはどうする事もできない、宋江の芝居がどこまで通用するか手に汗を握った。
 蔡得章の前に引っ立てられた宋江は戯言を並べたてあたりちらす。これには蔡得章も手をやいたが、黄文炳は宋江が牢城に来た時はどうだったか聞き込む様に助言すると、すぐに宋江の芝居は見破られた。

 拷問を受け牢に押し込まれた宋江、黄文炳は蔡得章に父蔡京に手紙を書き、宋江の処分をあおぐ様にそそのかせた。蔡得章は納得し手紙を書く。もちろん黄文炳の手柄も詳しく書かれた。
 手紙を届ける役目をいいつかったのは神行太保と呼ばれる戴宗である。神行法を使えば開封までの往復の道のりは、わずか十日間である。
 戴宗は都にのぼって、なんとか宋江を助け出せる様に取り計ってもらうつもりでいたが、自分が届ける手紙に宋江の処分について書かれているとは知らない。留守の間は李逵に宋江の世話を頼むと、身支度を整えて開封へと走った。

 宋江の命を救う為、この暑さのなか戴宗はひたすら神行法を使い、開封を目指した。三日目にもなると、さすがの戴宗も体力の消耗は激しく、喉が乾いた。
 戴宗は人通りの少ない街道沿いにふと見つけた酒屋で休憩をとる。だが、この酒屋こそ梁山泊の玄関口、朱貴の営む酒屋であった。戴宗は痺れ薬の入った酒を飲まされ、その場に倒れた。
 朱貴は荷物を改めると、なかに一通の手紙、身の回りの品から江州牢節級と書かれた物があったので、よく呉用が聞かされていた戴宗ではと思いつつ蔡京宛に書かれたの手紙の封を破り読むと、そこには囚われの身となった宋江の処分を求める事が書かれていた。おどろいた朱貴は、すぐに戴宗に覚まし薬を飲ませ、晁蓋のもとに知らせを走られた。

 正気を取り戻した戴宗は荷物を荒された事を知り、手紙を返せと朱貴に迫った。慌てて事情を説明した朱貴、互いに名を名乗り合うと、ちょうど山寨からの迎えの船がきた。戴宗は自分の手で宋江の命を奪いとり、黄文炳に手柄をたてさせ様としていた事に腹がたった。こうなっては山泊で軍師となっている呉用の智恵を借りるしか宋江を助ける手だてはないと山寨に渡った。
 手紙を読み終えた晁蓋、宋江の危機に対しすぐに救出に向かうと声を上げたが、軍師としての呉用の意見は、江州は遠く攻めるには不利である。そこで、偽手紙を用意し、返書には宋江を開封に護送せよと書き、梁山泊近くに迫ったところで救出しようと策をねった。

 すでに偽手紙を作成するために必要な二人の人物を選んでいた。必要なのは蔡京の筆を真似できる者、印鑑を作れる者である。呉用はまず、この二人を梁山泊に呼び寄せる計略を戴宗に命じた。
 戴宗は山伏の身なりをして済州に入り、まず聖手書生とよばれる筆の名人、蕭譲を訪ねた。碑の建造を依頼するといい前金を渡すと、蕭譲は身支度をして家を出た。
 戴宗と蕭譲は、次に玉臂匠と呼ばれる彫り物名人、金大堅を訪ね、同じ様に碑の建造を依頼する。蕭譲とは面識もあり前金をもらうと疑う事もなく、金大堅は喜んで仕事道具をまとめ戴宗と蕭譲とともに出発した。

 三人は済州を出てから泰安州を目指して歩いたところで、戴宗は先に知らせに走ると言い離れた。しばらく蕭譲と金大堅の二人で数里ほど歩いていたが、人気の無い山道にさしかかったとたん山際から人馬の声と銅鑼の音とともに五十人ほどの手下を引き連れた王英が迫ってきた。
 蕭譲と金大堅ともに剣術の心得はあるものの、多勢に無勢である。二人で王英に立ち向かい、追い払ったものの、王英の後には杜遷、宋万、鄭天寿が手下を引き連れて迫ってきては万事急須である。
 蕭譲と金大堅、金目の物など持ってないから身のがしてくれと言うが、目的は二人の職人である。四人の好漢は蕭譲と金大堅を捕えると梁山泊へと連れ去られた。
 四人の好漢に捕えられ、山寨へと連れ去られた蕭譲と金大堅は、驚きのあまり命ごいをする。出迎えた呉用が二人を呼び寄せた事情を説明し、すでに二人の家族もこちらに向かって来ている事を告げた。ひと安心した蕭譲と金大堅は、もう後戻りは出来ぬと観念し、宋江救出作戦に手を貸すのであった。
 家族の到着を出迎えた蕭譲と金大堅、山寨では歓迎の宴が用意され、それぞれの家族には住居が割り当てられた。
 そして呉用の用意した文面通り、偽手紙が作成された。

 噂に違わず、二人の職人の技術は見事であった。蕭譲は抜かりなく蔡京の筆を真似、宋江を開封に護送させる様に書き、また黄文炳の手柄についても返答を書いた。金大堅の彫る印も注文通り蔡京の使う印そっくりの物を造ると、晁蓋以下頭目達は皆驚いた。
 戴宗は手紙が出来上がったと知ると、牢に入れられている宋江の事が心配で、手紙を受け取ると江州へと帰る準備を整えた。戴宗の為に出発前夜、送別の宴が用意された。
 翌朝早くにも酒宴が用意された。戴宗は期限に遅れてはと皆に別れをつげて梁山泊を後にする。例のごとく神行法をつかい、風のごとく走り去った。

 呉用は朱貴の酒屋まで戴宗を見送ると、山寨に戻り宴の席に戻り宋江の無事を願う。だが酒宴の最中、呉用は驚いた表情で急に立ち上がり、頭を抱えた。作成に万全を期した手紙には、実は手抜かりがあった。


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