物語 第三十七回

江州の好漢


<前解説目次次>

 いきなり宋江に背後から殴りかかってきた男、掲陽鎮を縄張りとする顔役で小遮攔の穆春と言う。宋江はうまく体をかわし、膏薬売りの男が棒を使って穆春の脇腹を撃った。倒れこんだ穆春は脇腹を押さえ宋江達を罵ると、手下達に助け起こされ逃げ去った。
 膏薬売りの名は病大虫の薛永といい落陽の生まれ、棒を見世物にし薬を売る生活する。広く世間回っている好漢であっ為、常日頃から宋江を敬う。五両くれた人物が宋江と知り、江湖の噂に嘘偽りはないと納得した。
 宋江は薛永をもてなそうと酒屋に誘ったが、店の主人は入れてくれない。それなら別の酒屋にと、場所を変えたがどこも同じ対応だった。しかたなく宋江達は先に進む事とし、いくらかの金を薛永に渡して別れた。

 その後、宋江と護送役人は宿を探したが、どこの宿も泊めてくれない。訳をたずねると、宋江に殴りかかってきた男、穆春の言いつけで、酒屋にいれるな、泊めてはならぬ、と言い回っているとの事。顔役に逆らっては商売が出来ぬと、どこの宿も宋江達を断固拒んだ。
 薛永が断わりもなしに、縄張り内で商売を始めたのが気に入らなかった様だ。穆春は街の人々には膏薬売りを相手にするな、と言っておいたのだが、その薛永に金を払った宋江に泥を塗られ、腹を立ててなぐりかかった。だが逆に痛めつけられ恥じをかいたのである。
 宋江達はしかたなく街外れの民家を訪ね、運良く寝床を得た。

 快く離れの一室を貸し、泊めてくれたうえ食事の用意まで出してくれた屋敷の主人に礼をいい、体を休める。宋江と護送役人がそろそろ眠りにつこうとした頃であった。急に外が騒がしくなったので、宋江は扉のすき間から覗いてみると、騒いでいるのは昼間殴りかかってきた穆春である。すでに薛永は穆春に虜にされ、それでも怒り治まらず、必死になって宋江達を探している様子であった。
 この屋敷は顔役である穆春の家である事に驚いた宋江、慌てて護送役人を起こすと、壁を破って外へと逃げ出した。
 穆春は父親の戒めも聞かず、寝ている兄を起こして、再び宋江達を探そうとしている。穆春の実兄というのが、これまた暴れ出すと手のつけれない没遮攔の穆弘という。

 穆春は屋敷の使用人から話しを聞き、屋敷を訪ねて来たのが宋江達だと知ると、すぐに兄を起こして追手を出した。
 逃げ出した宋江達は西も東もわからぬままに、がむしゃらに走った。だが、すぐに後ろからは松明が赤々と松明が迫っている。葦をかきわけて前へ進むと眼下には揚子江が広がっていた。絶体絶命行き止まりである。
 見る見る松明の明りが迫ってきている。宋江は絶体絶命だと頭を抱え込むと、ふと櫓を漕ぐ音が耳に入ってきた。船を目にした宋江は急いで船頭を呼び止め、江を渡してくれるよう交渉する。藁をもつかむ気持ちで船に飛び乗り安心した宋江達だが、すぐ後ろからは穆家も者達が追い付き、船を呼び戻している。宋江は船頭に戻さないでくれと頼むと、船頭は穆家の人々など無視して平然と櫓を漕ぎ、江を渡る。

 松明も遠くなり、江の中ほどまで渡っただろうか、急に櫓を止めた船頭はギラリと光る刀を取り出すと、宋江達三人に刃を向けて命をいただくと脅すのであった。この船頭、良人のふりをして客を拾い、逃げ場のない船上で金目の物を奪う追い剥ぎであった。
 またもや難儀に巻き込まれた三人、命ごいをするも船頭は聞く耳ももたない。ギロリと睨みつけ切り刻まれるか江に飛び込むか、好きな方を選べと迫ってくる。宋江達は斬り刻まれるよりはマシだと、服を脱ぎ江に飛び込もうとした。
 あわや冷たい江の流れに身を落とそうとした時である。江を速船がやってきた。三人の男が乗の込む。その中のひとりが船頭となにやら会話をしている。その声に聞き覚えのある声だと思い、宋江はふと身を乗りだした。

 よく見ると、三人の男とは李俊と童兄弟であった。宋江が慌てて李俊に助けを求めると船を近づけてきて、李俊は宋江達の船に飛び移った。李俊は船頭に向かって、囚人姿の人こそ宋江であると告げると、船頭は慌てて刀を投げ捨て膝をついて詫びた。
 この船頭の名は船火児の張横といい、掲陽江を仕切る顔役の一人であった。やはり及時雨とよばれる宋江の名を慕い、尊敬していたのだ。
 この日、李俊は家にいたが、何やら胸騒ぎがして船を出したと言う。李俊と張横は岸に船をつけると穆家の人々を呼んだ。宋江達は怯えていたが、李俊が訳を話したとたん急いで平伏した。この穆家の若者達も宋江の名を密かに慕っていたとみえる。

 この穆家の若者、穆弘、穆春兄弟は掲陽鎮をとりしきる顔役で李俊や張横とも知り合いであった。穆春は昼の無礼を詫びると、捕えている薛永を許す事を約束し、宋江達、李俊と童兄弟、張横を屋敷に招いた。
 数日間、薛永も交えて穆家にてもてなされた宋江達だが、期限があるからと牢城を目指し出発する。この日、大勢の好漢達に涙で見送られる中、役人にも少しばかり金を渡し、張横からは実弟の張順宛に手紙を書いてもらい宋江に渡した。泳ぎ上手な張兄弟は、以前は船上での追い剥ぎをしていたが、張順の方は今では江州にて魚問屋をし、真っ当な暮らしをしている。
 大勢の好漢達に涙で見送られ、無事江州牢城に到着した宋江達。受け渡しも無事に済むと、役人は帰って行った。
 牢城に身を引き渡された宋江、父親や晁蓋や李俊たち好漢からもらった金を使い、上から下と役人にはお決まりの金をたんまり渡すと、早速役人達の顔は和らいだ。金の効き目は大きく、殺威棒を免れてこの日以来、宋江は優遇を受けた。
 宋江は元押司の職である事から、牢城内で書記係として働く事となった。役人たちとも親しく付き合う様になり首枷も外され、不自由のない生活となった。
 宋江は役人だけでなく、牢城の囚人達にもいくらかの施しをあたえた。その為みな宋江を慕い、一目置く様になった。だが、一人不機嫌な男がいた。


<前解説目次次>