物語 第三十六回

梁山を南へ


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 この夜は、久しぶりに家族三人水いらずでの酒食であった。だが、突如表の方が慌ただしくなる。門の外には手下を引きつれた新顔の都頭、趙能・趙得兄弟が宋江を捕え手柄にしようと、屋敷を囲んでいるのである。
 宋江の父が門の上から二人の都頭に尋ねると、宋江を捕えにきたと言う。久々息子との対面だったが喜びも束の間である。なんとかごまかそうとしたのだが、村の入り口で宋江の姿を見かけた者のがいたので、逃げる手だてはなかった。
 宋江はわずかな時間だが、父に会えた喜びがあり、恩赦もででいるので潔く縄につく覚悟を決め、二人の都頭を招待し酒食でもてなす。趙兄弟に縄をかけられ宋江は翌朝役所へと連れて行かれた。

 この日、宋江捕えられるとの噂は街中に広がった。宋江を慕う者、恩を受けた者が皆嘆き悲しんだ。宋江の父は大金を使って上下の役人に賄賂を送り、宋江の刑を軽くするように働きかけた。控訴人である閻婆はすでに死亡しており、張文遠も今さらでしゃばり戦っても勝ち目はないことを悟り、口出しするはずがない。
 知事も役人達も日頃から宋江に一目置いていたので、厳しく当たる者などいない。獄中も、だれもが宋江に気を配り世話をした。
 日頃の人柄の影響が強く、父の働きかけもあり、宋江に言いわたされた判決は流罪としては一番軽い江州送りとなった。

 江州へ出発となった日は父と宋清、そして大勢の見送りを受け、二人の護送役人とともに宋江は済州を出発した。多くのため息の中、いつまでも涙を流して見送る父の姿があった。
 護送役人も宋江の人柄を知る為、道中辛くあたる事などなく、まめに世話し体に気をくばっていた。宋江もいくらか金を所有しているので、役人に酒食をふるまった。
 だが宋江には気掛かりな事がひとつあった。江州へ向かう街道には途中に梁山泊が控えており、宋江の身を奪い返そうとする危険がある。そうなると気を配ってくれた父や街の人に申し訳がたたない。そこで宋江は裏道を通る様に護送役人に指示し、密かに梁山泊の縄張りを抜けようとした。

 梁山泊では、宋江が江州送りとなったとの情報を得て、近くを通りかかったところで総力を上げて宋江を助け出そうと、街道という街道に網を張っていた。
 人気の無い裏道を進んでいた宋江達だが、宋江の姿を見落とさず見つけたのは劉唐であった。すぐにも護送役人に斬ってかかろうとする劉唐を制止した宋江、このたびの江州行きについて自ら決意した事であり、梁山泊への仲間入など毛頭ない事を説明した。
 せめて梁山泊に来て晁蓋以下各統領達に会ってほしいと言う劉唐だが、宋江はこのまま道を進ませてくれと言う。そこへ知らせにより急いで駆けつけてきた呉用と花栄、首枷をはめた宋江の姿をみて哀しんだ。
 宋江の決意の硬さに気付いた呉用、とりあえず晁蓋が待っていると言う事で、梁山泊へと招いた。

 山寨では宋江を歓迎する酒宴がすでに用意されていた。何度となく梁山泊に身を置く事を勧める梁山泊の統領達。一度は仲間入を考えた宋江だが、父の想いを裏切りる訳にはいかず、江州へ行くと頑として首枷をはずす事なく、いつも護送役人の二人をかたわらに置いているのだった。
 翌朝、梁山泊の統領達に見送りされ、宋江と護送役人は梁山泊を立った。旅立つ前に呉用の手から、江州牢役人をつとめる戴宗宛の手紙といくらかの金を渡された。この先、地獄の沙汰も金次第と言う事である。
 呉用とは古くから親しい間柄である戴宗、神行法という術を会得し、日に五百里を走るという特技を持つ。義を重んじる事から、宋江の為に何かに役に立ってくれるだろうと呉用は託した。

 梁山泊を出て、江州への長い道のりが続き幾日か過ぎた宋江達。目的の江州は間近、掲陽嶺にさしかかった。もうこの峠を下ると広大な揚子江が広がる。まずは旅の疲れを癒す為、峠の中ほどにある酒屋で休息をとる事となった。
 店に入ると酒屋の主人が出てきた。ひとくせありそうな大男である。護送役人が宋江の体を気づかい、枷を外し休ませている。その上、重そうな包みをひと目みると、久々の金づると踏んだのか、主人は酒に痺れ薬を入れて飲ませ、宋江と護送役人の三人を眠らせたのだ。
 荷物をあさって出てきた大金に驚きを隠せない酒屋の主人は、急いで護送役人と宋江を仕事場に運んで、さあ始末しようとしたところ、突如外から三人の男が店に入ってきて、酒屋の主人に声をかけた。

 この三人の男、兄貴分を李俊と言い、その弟分である二人は童威・童猛兄弟である。この三人、揚子江で育ち泳ぎ上手。巧みに船を操り塩の密売などをしている。
 李俊達がここに現われた訳とは、宋江の名を慕い対面を機会をうかがっていた為、宋江が済州から江州牢に流されてると聞きつけ、ひと目会いたいとの思いで、ここ二三日間囚人が通るのを待っていた。だが今だに囚人らしき人影はみえず、麓まで降りて来たのだった。
 酒屋の主人の名は李立といい、李俊と同じく掲陽鎮の峠から麓一帯を仕切っている顔役であっが、この李立、酒屋の主人となり痺れ薬を盛って旅人を襲うという荒仕事をしているのだ。

 李立は李俊から囚人として流れてくる宋江を出迎えに来たと聞いて驚いた李立、慌てて仕事場へと李俊達を案内し護送役人の持ち物を調べてみると、書類にはたしかに宋江という名が書かれていた。
 李立は慌てて宋江に覚まし薬を飲ませと、しばらくして正気をとり戻した。李立は義士をあやうく殺すところだったと胸をなで降ろした。
 起き上がった宋江は目の前にいる見知らぬ三人の姿に驚いて名を尋ねた。李俊と童兄弟が名を名乗り、酒屋の主人である李立も名乗る。李立は痺れ薬をつかい危うく命を奪いそうになった事を詫びた。

 李俊に危ういところを助けらられたと知る宋江は、護送役人も助けてやってほしいと願った。ここで自由な生活を選んではどうかと李俊は言ったが、宋江の江州にて刑に服す決意は硬い。
 護送役人に覚まし薬を飲ませると、しばらくして正気をとり戻した。李俊達は宋江と護送役人を改めて酒食に招いた。宋江は李俊達に、こまれまでのいきさつから知り合った数多くの好漢、身の置きどころを失ない山賊として暮らす者など好漢達を噂し、宴は最高潮となった。
 宋江達は李立の酒屋に一泊し、翌朝立った。李俊と童兄弟は峠を下ると、李俊は改めて自分の家に宋江達を招き、数日間のもてなした。そこで宋江と李俊は義兄弟の契りを交わした。

 宋江達は李俊達に見送られ小さな街、掲陽鎮に入った。多くの人が賑わ大通りで、人を集めて棒を使って見世物をしている膏薬売りがいた。宋江達は近寄って眺めていると、膏薬売りの巧みな棒さばきに目を奪われた。男は自慢の棒術を披露すると膏薬を売る口上を述べ、人前に皿を出し一回りした。だが誰一人として金をいれる者なく、膏薬はひとつも売れない。
 みかねた宋江はだまって五両もの大金を男の皿に入れた。すると膏薬売りは驚いてかけよって平伏し、宋江に名を訪ねた。するとその時である、人ごみを掻き分けてやってきた男がいた。その男は宋江めがけて殴りかかってきたのである。


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