
飛雲浦で襲って来た四人を返り討ちにした武松は、張蒙方・張団練・蒋忠の三人に恨みを晴らすため張蒙方屋敷へと駆けつけた。
武松は裏手に潜み機会を伺っていた。人が寝静まるのを待ち、裏手の戸を叩き、馬丁係の男をひっぱりだし殺すと、屋敷内で出会った女中をも殺した。そして鴛鴦楼の二階で酒を飲んでいた張蒙方と張団練そして蒋忠の首を落とした。張団練は武官だけあり、抵抗したが武松の敵ではなかった。
武松は玉蘭をはじめ出会った者計十五人もの殺人を行うと、着物に血を浸し、白壁に殺人者は虎退治の武松、と大きく書き残し夜のうちに孟州城を脱出した。
月明りをたよりに夜道をひた走る武松だが、恩州流刑のときの棒打ち張蒙方屋敷での大暴れで身も心も疲れ果てていた。次第に足取り悪くなり気力も衰えてきたので、古廟をみつけて中で休む事とした。
中で横たわり気を休めたのも束の間、暗闇から二本の熊手が延びてきて、武松の身体をひっかけたかと思うと、四人の男が武松を縄で縛りあげた。抵抗する力もない武松、男達に担がれてある所へ連れていかれた。
しばらくして武松が目を明けると、人の足が数本もがぶらさがっているおぞましい部屋に運び込まれていた。こんな事なら潔く自首して出た方が豪傑らしく名を残せただろうと後悔したp>
武松を連れ去った男たちが、主人らしい夫婦を呼んだ。まず奥から女が一人、今夜の獲物を見定めに出てきた。良く肥えた身体だと言いながら、武松の顔を眺めたとたん驚いた。ここは孟州十字坡の張青と孫二娘のいくつかある仕事場だった。そして張青も出てくると、すぐに手下達は武松の縄をほどき詫びた。
武松は張青夫婦に助けられた事で一安心し、服の着替えを用意され、酒と食事をとり一晩ゆっくりと休息をとった。
翌朝の孟州城内は大騒ぎとなった。すぐに殺人犯として武松の似顔絵入りの手配書が各地に貼り出され、同時に厳密な捜索が開始された。しばらく張青の店に身を潜めていた武松だが、日に日に探索の手が伸びてきている。いつか張青夫婦に迷惑がかかると思い出ていく決意をした。
最初に武松が孟州に流れてきたとき同様、張青は二竜山行きをすすめたが、途中の関所をどう抜けるかという問題があった。
そこで孫二娘は以前痺れ薬で眠らせ、肉饅頭にした行者を思い出し、その保管している持ち一式を出してきて、武松に行者の服を着せてみた。
行者姿に着替えてみると、武松の為に作ったのではないかというほどぴったり。額の金印は前髪を短くして下ろし鉢金をつけて髪で隠すと誰が見ても武松とは思えない姿となった。
この夜は武松への別れの宴が用意された。そして翌朝、百八個の頭蓋骨で作られた数珠を首にかけ、度牒と夜になると唸りをあげる二振りの剣を持ち、張青と孫二娘に別れを告げ十字坡を後にした。
関所では誰も行者姿の武松を疑う者はなく、無事孟州を脱出し二竜山をめざす。途中、蜈蚣嶺にとある家を見つけ、覗いてみると中では一人の道人が女に乱暴を働いていた。怒った武将は刀の試し斬りにしてやろうと小屋の戸を叩くと中から一人の童子が出て来たので、武松はばっさり殺した。すると道人も二本の刀を持ち、武松と戦いになった。
