物語 第二十六回

兄の仇討ち


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 偽って倒せた何九叔は家に運ばれると妻と相談した。毒にあたったときき、心配した何九叔の妻だが、死体をみて毒殺だとすぐに分かり偽って逃げ出してきた事を告げ、西門慶から金をもらった事、武大の弟武松が戻ってきたらどうするかなど話しあった。  何九叔から全て事情を聞かされた妻は、西門慶が潘金蓮の密会をおさえようと鄆哥と武大が騒ぎを起こしたと噂に聞いてたので、あとの事を手下にまかせ、葬儀に顏を出し毒殺の証拠を掴んでおけば、もし武松に聞かれても正直に答えればいいと夫に智恵を貸した。

 さて武松、東京への仕事を終え、陽穀県へと帰ってきた。さぁ、ひと騒動起こるぞと、街の人達は冷や汗を流した。まず知県のところへ仕事を無事終えた報告を済ませると、すぐに武大の元を尋ねた。
 武大の家へ入ると、まず武松の目に写ったのは武大の名が刻まれた位牌だった。驚いた武松は潘金蓮を呼んだ。潘金蓮はというと、すでに邪魔者武大がいないのだから、王婆の店へコソコソといく必要がないため、毎日西門慶を引き込み、この日も二階で楽しんでいた。
 武松の声を聞き驚いた二人、西門慶は二階の窓から王婆の店へと飛び移り、潘金蓮は化粧を落とし、喪服に着替えて慌てて泣き真似しながら降りてきた。

 半信半疑、武松は潘金蓮に尋ねると、武大は急な心臓の病で死んだと言う。武松帰宅を聞いた王婆はボロが出てはと心配してかけつける。もともと心の病などもなく、急死など信じれぬと武松、その晩は位牌の前で泣いた。
 そのまま位牌の前でうとうと眠った武松、武大は無念の死を現わす様、怨念をいだきつつ武松の前に霊感を現した。武松は兄が殺害され、無念が霊となって現れたのだと確実にした。
 翌朝、武松は早速行動に移った。まず納棺をした何九叔の元を尋ねてみた。武松が訪れて来たと聞き、慌てて証拠の品を持ち、武松に誘われるままに酒屋にいき、無言のまま酒を数杯飲んだ。

 何九叔は何度か武松に話しかけたが、無言のまま酒を飲むばかり。何九叔もそれ以上聞く訳にもいかず、しばらく酒を飲んでいるた。すると、武松は突然懐から匕首をとりだし机に突き立て、武大の死因について尋ねてきた。
 何九叔は驚きながらも、検死の日西門慶によばれ金を渡されたこと、あきらかに毒殺とわかり、納棺を手下に任せて火葬後に遺骨を拾った事を話した。もらった金と毒殺をあらわす骨のかけらを武松に渡し、哥が事の真相を知っていると告げた。
 武松は何九叔とともに哥を尋ねると、事を悟った哥は武松からいくらかの生活費をもらうと協力を約束し、二人をつれた武松は知県の元へと訴え出た。

 しかし、知県は武松の訴えを、あれこれと難癖をつけ退けた。たてまえは証拠不十分だとは言うが、実は裏で西門慶から大金が届いているからだ。知県だけではない、役人全て西門慶に金の力でうまく丸めこまれている。金の力は何よりも勝り、武松の言い分は通らなかった
 訴えを退けられた武松は実力行使でしかないと決意し、兄武大の四十九日の法要として、潘金蓮と王婆をはじめ、隣近所の人々を誘った。みな巻添えを恐れたが、ほとんど強制的に武大の家に集められ、途中で逃げようにも見張りの兵士がいるので逃げられそうもない。

 準備のそろったところで武松、懐から取り出した刃物をまず潘金蓮にむけ脅し、西門慶と出会ってから、武大殺害までを全て白状させた。そうなると王婆もしらを切る事もできず、やはり全てを白状する。これを一句たがわず書きとめさせ、二人に爪印を押させると、武大の位牌に向かって仇討ちの口上を述べると、潘金蓮の胸元を刃物でぐさり、胆を取り出し武大の位牌の前へと置いた。
 武松は潘金蓮の首を落とすと、それを包みこみ西門慶を探しに出た。その間も王婆と近所の人々はきがきでない。二階へと押し込まれて出口には兵士が見張りの目を光らしている。

 西門慶の店を訪れた武松、番頭をおどし西門慶の居どころを探る。そうとは知らない西門慶は知り合いと酒楼でくつろいでいた。そこへ潘金蓮の首が転がってきたかと思うと、刃物を持った武松が乗り込んできた。二人は驚いたのなんの。知り合いの方は慌てて部屋を逃げだす。相手が武松だと知ると、恐る恐る西門慶と対峙した。
 もはや逃げ場はない。少々腕に見覚えのある西門慶は思いきって武松めがけてひと蹴り。不意を付かれたのか、その蹴りが武松の右手にあたり、刃物は路地へと落ちた。それで自信がついたのか、西門慶は武松に撃ってかかった。だが武松、もともと体術の方を得意とし、万人力をも秘めた韋丈夫、西門慶などものの数ではない。サッと撃ちを交わすと両手で西門慶を持ち上げ、路地へと放り落とした。

 潘金蓮の首と刃物を拾い、すばやく路地へ身を翻して飛び降りると、身動きのとれない西門慶の首をひと掻きし、潘金蓮の首と髪を結び一つにして武大の家へとかけ戻った。野次馬は、ただ呆気にとられていた。
 武大の位牌の前にふたつの首を供えると、王婆をひっぱり証人の人々とともに役所へと自首した。すでに陽穀県はこの噂で大騒ぎ、知事のもとにもすでに報告がきている。武松は証拠の品と証人とともに事件の真相を訴えた。


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