
武松を呼び止めた男とは、隣県に住んでいるはずの兄、武大であった。饅頭売りの天秤棒を担ぐ武大は、体つきは武松とは正反対、三寸丁の黒樹皮とバカにされる五尺たらずの醜い子男である。
清河県に住んでいるものと思い込んでいた武松は、武大がここ陽穀県に引っ越して饅頭売りをしている事など知らず、驚きと嬉しさの中での再会だった。武大は訳あって清河県を出た事を武松に話した、そもそも、それは武大が妻を娶った事から始まった。
武大は武松を家に招いた。出迎えた美女とは、武大の妻潘金蓮であった。
武大の娶った妻というのは、名を潘金蓮といい、ある金持ちの小間使いをしていた。この女、清河県でも指折りの美女と噂されるほどである。潘金蓮はいいよってきた主を退け、奥様にいいつけた。その恨みをかったせいで、主は清河県で一番醜い男にただでくれてやった、それが武大である。この事を街の人々は羊の肉が犬の口に飛び込んだ、とはやしたていつも武大の家には街のゴロツキがたかっていた。
気の弱い武大にはどうする事もできず、ついには住みづらくなり清河県を出て隣り街の陽穀県へと引っ越した。この街で虎退治の武松の噂を知らぬものはいない。都頭に出世した弟の噂を聞き嬉しくなり、武松に会いにきたのだった。
武大はこの日の仕事をきりあげ、武松を家へ連れてきた。仕事帰りが早いので何事かと、出てきた潘金蓮を武松に紹介した。そもそも潘金蓮は色事にたけた悪女、醜い亭主とは違い、弟の方は、素手で虎をも撃ち殺す立派な体つき。そんな武松をひと目見て、ものすごいはしゃぎよう。武大に酒を用意させ、隣りの王婆さんに食事の用意を頼むようにしむけるともう、武松のそばをはなれずぴったり、あふれんぱかりの愛嬌をふりまきつつ酒をすすめた。
潘金蓮はいつか武松をものにしてやろうと、お役所泊りは何かと不便ではと、武松を家へと住まわせる様に武大にけしかけた。兄想いの武松は、二人から同居を進められると荷物をまとめ、与えられた一階の部屋に住む事となる。立派な弟と住む事は、武大にとって何よりも頼もしい事であった。
武松が同居する様になり幾日かが過ぎた。饅頭売りの武大は、いつも武松より早く仕事に出て、遅く帰ってくる。武松はいつも武大の帰りをまって食事をしていた。潘金蓮は武松にたいし、細かな世話をやき、少しでも気をひこうとの魂胆。だが、武松にはくすぐったいだけであった。
ある雪降りの日、武松は早々と仕事をきりあげて家へと戻ってきた。潘金蓮は武大がいないのをいい事に、ここぞとばかり、火をおこし酒と食事を整え武松に迫った。
いいよられる武松の方はというと、兄嫁としてしか潘金蓮を見ていない。ましてや兄嫁に手をだすほどの恥知らずではない。下心丸だしの執拗な潘金蓮の攻めにあい、ついに怒った武松は潘金蓮の手を跳ね除けて立ち上がると家を出て行た。
しばらくして武大が帰ってくると、潘金蓮はふくれ面で武大に向かって怒り、逆に武松の方が手を出したのだと、ある事ない事。夜遅くに兵士を連れ荷物を取りにきた武松だが、互いに口も聞かず、潘金蓮はまたもやある事ない事を武松を罵った。
家を出た武松の事を心配する武大だが、何度か役所へ尋ねてみようとしたものの、潘金蓮が執拗に邪魔だてをするので、会う事もなく数日が過ぎた。いつもの様に朝早くに饅頭を売りに出、遅くに家に帰る生活を続ける。
兄の家を飛びだし、元の様に役所での寝泊りをする武松、ある日知事に呼ばれ、重要な仕事を依頼された。この知事はある程度金を蓄える事が出来たので、東京の親類宅にあずけようと考えたのである。
日頃から知事に目をかけられていた武松は、この依頼に答えるべく出発の準備を始めた。しかし、長くてふた月ばかりの仕事、ひとつ心配なのは兄武大の身である。
武松は酒と食事を整え、久しぶりに兄の元を尋ねた。この時、潘金蓮は武松が舞い戻って来たと思い、喜んでいた。だが、武松の目的は兄嫁に釘をさす為である。酒を飲みながら武松は武大と潘金蓮に向かって、知事の御用の件を話し、しばらくの間は仕事はいつもの半分で切り上げ、家に帰ったら戸締りをしっかりとして、おかしな事件に巻き込まれない様にとしっかり釘をさした。
話しを聞いた潘金蓮は怒って奥へと入っていく。武大は涙を流して武松を見送った。そして、武松のいいつけをきちんと守り、次の日から仕事量を半分にし、あとは家に籠っている。潘金蓮は最初の頃は武大を罵りつづけ、ふてくされていたが、幾日かたつと、もうあきれたのか武大が帰ってくる時刻には簾を降ろすのが日課となった。
そんなある日の事、いつもの様に潘金蓮は武大の帰る時刻になり、簾を降ろしていたら手を滑らせ掛竿を路地へ落としてしまった。そんなふとした事から、ある事件は起こった。
この街に西門慶という、生薬屋の金持ち亭主がいた。裏事から表事からかかわりを持ち、顔をきかせて役人達からも一目置かれている悪党である。
偶然起きた些細な事件から、潘金蓮と西門慶は関係をもつ事となる。潘金蓮が誤って落した掛竿が、西門慶の頭巾を飛ばした。最初は怒りあらわにした西門慶も、潘金蓮の顔をひと目見るなり怒りもそっちのけ、潘金蓮も色男を目にして照れかくし。二人はいくつか言葉を交わして立ち去った。
だが、潘金蓮の美しさにひかれた西門慶は、通り過ぎた道を戻り、隣の王婆の茶店へと入った。この王婆というのが別名、仲人婆である。
西門慶は潘金蓮をものにしたい一心で、朝早くから陽が暮れるまで何度も王婆の店へ通った。いい金蔓だと王婆も本領発揮、西門慶を相手に一策こうじるのである。
金の為なら何でもやる王婆である。いつも甘い汁をすする西門慶から、ここぞとばかり絞れるだけ絞りとってやろうとの魂胆。潘金蓮が亭主持ちではあるが、その夫というのが三寸丁の黒樹皮だと知ると、すでにものにした気の西門慶。
じらすだけじらした王婆の計略は、まずはあの世行きの衣装を整えるのだと嘘をいい、巧みに潘金蓮を自分の茶店に呼びたしては、針仕事を行わせる。そして、酒と食事でもてなし西門慶と対面させた。
同席するのを口では断っている藩金連だが、立ち上がって帰ろうとする気配はない。潘金蓮の方にも気があるとみて五分の成功となる。
そして予定通り王婆、酒がきれたと言い買い出しに出て二人きりになったところで、西門慶は行動に移った。もちろん潘金蓮も、すでに情欲をたぎらせその気である。この二人を誰も止める事はできないであろう。
ついに二人は連れ添う様に奥の部屋へと行き、西門慶は念願をかなえた。それ以来、武大が仕事に出た頃を見計らって、西門慶は王婆の家へ入り込み、潘金蓮は裏口から王婆の店へ出入りする毎日、人目を盗んで密会する事、ひと月ばかりが過ぎた。
そうなると、この密通を隣り近所の人々、知らぬ人はいない。ただ、武大一人が何も知らずにいるのである。西門慶を恐れている人々、誰も武大に言う者はなかった。
ここ陽穀県には年老いた父と二人暮らしをしている鄆哥という利口な少年がいた。毎日、街で梨売り生活している。今日も西門慶から小遣いをいただこうと、篭いっぱいの梨を抱えて西門慶を探していた。
西門慶を探す鄆哥に、親切にも西門慶は王婆の茶店で密会していると言う者がいたので、さっそく梨篭を持って王婆の茶店へと行ってみた。なるほど店先で王婆は見張っている。鄆哥が西門慶に会わせろと言ってもしらんふり。密会してるだろうと図星をつかれ、ついに怒った王婆は哥の梨篭を払い落とし突き飛ばした。鄆哥は抵抗したが、王婆には勝てず引き下がった。
