
宋江は柴進の屋敷の勝手を知らないうえ、酔いが回り足元がさだまらなかった為に見落としたのだが、すぐ前に、ある一人の男が火鉢を囲って廊下のすみにしゃがみこんでいた。宋江は男に気が着かず、よろよろと歩き、何かにつまずいたと思った時には、男のあたっていた火鉢の柄を思いきり踏みつけ、中の火が飛び上がっていた。
不運にも火の粉が男の顔に飛び、男は声を上げ驚き飛びあがった。宋江よりもはるかに上背があり、筋肉質な太い腕が宋江をむずっとつかむ、こんな所にまさか人がいようとは、と宋江は慌てて謝った。
この騒ぎを聞きつけ、柴進と使用人達が慌てて駆けつけてきた。しゃがみこんでいた大男は、旅の途中でおこりを患って、しばらく柴進の厄介になっていた客人だった。今夜も急に寒気が起きたので、火鉢を囲ってあたっていた。柴進がなだめるも、火の粉をまともに浴びたのだから、怒りをしずめる気すらない様子。
柴進や使用人がようやくなだめ、宋江から手を放した。大男は柴進から目の前の男が、宋江だと聞かされ大変な驚きよう。会った事はないものの、義に厚く貧しきを助ける宋江の名は天下に広く伝わっている。大男も宋江の名を慕って、いずれは一度会いに行くつもりでいたのだ。
なぜ武松は、今夜の宴に呼ばれなかったかというと、当初は暖かく柴進のもてなしを受けていたのだが、酒癖が大変悪く、何かあると使用人に辛くあたりちらしていた。それを知った柴進も武松に対し、次第に冷たくあしらうようになっていた。
武松は柴進から聞かされ、目の前の男が宋江だと知ると、武松はうって変わって照れくさそうに謝った。宋江の方も柴進に大男の名を聞き、清河県にすむ武松だと知る。互いに天下に名を馳せ、広く知られた名前であった。宋江も豪傑武松の噂を知っていて、その場ですでに意気投合、武松を誘って再び宴の席へと戻った。
武松は清河県で酔ったうえで喧嘩となり、相手を殴り殺して故郷を逃亡したのだが、実際は殴った相手は息をふきかえした。殺人を犯したのではないと知った武松だが、いざ故郷へと帰ろうとしたときに、突然おこりを患ったという訳だ。
武松は火の粉を顔に浴び、汗がふき出ておこりが治まったらしく、けろっとしている。宋清とも対面させ、四人は酒を酌み交わし大いに盛り上がる。江湖の好漢達の噂話しは尽きず、この日の宴は夜遅くまで続いた。
宋江が柴進の屋敷にきて何日かを過ごした。毎晩、武松と酒を交わしつつ身の不幸や梁山泊に集う好漢達の噂など話しは尽きない。宋江と武松、量をたしかめつつ酒の相手をするうち、酒癖の悪さを見抜き、武松もすっかり悪酔いはしなくなり、体調も良くなった。
そんなある日、武松は兄の住む故郷へどうしても帰ると言い出した。武松には一人の実兄がいて、清河県に住んでいる。長らく兄の顔を見ていない為に、心配になったのだ。
柴進も宋江もひき止めたが、武松の意思はすでに硬く、二人にはどうする事もできないと悟った。その日の夜、旅立つ武松の為に盛大な送別会が催された。
あくる日早く、武松は柴進の屋敷を立った。宋江と宋清は少し先まで、武松を見送る事にした。しばらく三人は話をしながら歩き、もう屋敷からかなり遠くまで歩いた。三人はとある酒屋の前で足を止めた。店に入り酒を注文する。杯を交わし、ここで武松は宋江を義兄とした。
別れを惜しむあまり、見送りが次第に先へ先へとなってしまったが、別れがつらくなるばかりと、武松はここで見送りを断わった。何度も振り返りつつ、宋江と武松は涙を流しながら別れたのだった。
帰りが遅いので心配して柴進自ら空馬をひいてやってきた。宋江と宋清は馬に乗り、柴進の屋敷へと戻ったのだった。
さて、宋江と別れ、生まれ故郷である清河県を目指して一人旅を続ける武松。疲れれば休み、腹が減れば食する旅を続け、幾日かして景陽岡の麓へとさしかかった。目指す清河県は岡を越えれば、もう目の前であった。
岡の麓に酒屋を見つけた武松は、香り誘われ店へと入る。そして酒と肉を注文する。早速出された三碗の酒を飲む。この酒屋の地酒というのが、また最高の味わいがあり、武松はあっと言う間に三碗をのみほした。
三碗飲み干し、次の酒を待っているが、いっこうに主は酒をもってこない。訳を聞くと、なんでもここの地酒は三碗にして岡を越えず、また、門を出たとたん倒れる、と名前がつくほどの強い酒で、三碗以上は飲ませないのである。
武松は三碗で終わりだなど言われると、もっと酒を持ってこいと、ついには暴れ出しそうになる。そうなると主もあしらえず、仕方なくまた三碗の酒をもってくる。かくして武松は続けざまに計十八碗もの酒を飲み干したのだった。
喉も潤い、空腹も満たされた武松は酒屋を出ると目指すは清河県とばかりに、棒を片手に岡を目指し歩いた。それを見て驚いたのは酒屋の主。ここ近年、景陽岡には額の白い人食いの大虎が出て、旅人を悩ましている。腕のいい猟師も何十人と虎の餌食になり、旅人が岡を越えるには限られた時間に大勢の人数で越える決まりになっていると言う。
武松は酒屋の主の言う事など信用せず、引き留める宿屋の主を振り切って一人、景陽岡へと向かって行く。途中には県からの告知もはっきりと出ていた。だが、後戻りできない性格の武松は、どうにでもなれと足を進めた。
子供の頃、幾度となく越えた岡だとタカをくくっていたが、やはり酒が効いてきたのか、足はもつれ息はあがる。流石に飲みすぎたと反省しつつも、ここで戻るといい笑い者だと考え、ひとまず岡の上に来たところで休む事にした。横たわるに丁度いい青石を見つけると、短棒を横に置き青石に腰を降ろそうとしたとたん、一陣の風が武松の身体を巻いた。
その怪しげな風が吹き抜けたかと思うと、目の前には額の白い大虎が現われた、まさに我が目を疑うかの様だった。
その大虎は久々の獲物だと武松を鋭く睨みつける。今にも襲いかかろうかという低い身構えだ。武松の身体より一回りも二回りもあろうかというその巨体を目にし、酒の酔いなど冷汗とともに吹きでてしまった武松、すっかり酔いも覚めた。
しばらく獲物が無く飢えている虎は武松に向かってひと吠えすると、かなりある間合いを軽々ひと飛び、武松の頭上目がけて飛びかかった。すると武松、さすがに戦いには沈着冷静、さっと横っ飛びして虎の攻撃を交わす、そしてすばやく虎の背後に回った。武松の巨体からは思えぬほどの身のこなしで。
大虎の方も武松の動きを察し、背後に回られた武松を狙って後ろ足で蹴り上げた。しかし武松、虎の蹴りもうまく身体を反らし交わす。二手目の攻撃も交わされた虎は、次に打った手は尾での払い。尾といえど、鞭の様なしなやかさをもち、巨木をもなぎ倒す強力な尾である。まともに食らってタダではすまない。
虎の打つ手といえば、ひと掻きひと蹴りひと払いである。大虎の三手目の撃った払いも武松には通用せず、うまく交わされた。
ここぞとばかりに、武松は棒を降り上げ大虎に撃ち降ろした。渾身の力を込めた棒だったが、運悪く棒がとらえたのは頭上の木の枝だった。棒は無残にも真っ二つとなり、叩折った枝が落ちてきた。
武松の撃ち損ねたのを見て、またしても虎が飛びかかってきた。武松は棒を投げ捨て、とっさに後ろへと身を交わした、危機一髪である。そして空を斬った大虎の前足が地面に着くと同時、武松は前に出た、そして大虎の頭の毛を左手でむずとつかみ地面に抑さえ付けると、右手でポカポカと大虎の額を殴りつけた。虎はたまらず前足で地面を掘る。逃れようとするも武松の腕力で抑え付けられては大虎も動く事もできない。
地面はもう虎の頭がすっぽりと入る程の穴があけられた。何十発も拳で殴りつけ、とどめに棒で頭を殴り、確実に虎の息の根をとめたのを確認する。戦いは終わり、ついに景陽岡の人食い虎も武松の前にておだぶつとなった。
武松は虎を担いで岡を越えようとしたが、すべての力を出し尽くしたため体力が消耗し、力が入らない。再び虎と出会っては今度こそは命は無いと、岡を越えて麓へと降りていった。
麓近くまで下った時である。武松の目の前に二匹の虎が現われた。もうさっきの様に戦う力など残ってない。自ら武松も命を落とす覚悟を決めたとたん、その二匹の虎は二本足で立ち上がった。そう、この二匹の虎とは地元の猟師が虎退治の為に変装していた虎の毛皮で、この日も当番の猟師が見回りをしているところだった。
二人の猟師は武松を見ておどろいてたずねてきた。なにせこの時間に一人岡から降りてくるし、しかも全身血まみれときてる。武松は虎と遭遇し退治した事を一部始終話したが、猟師は信じない。
武松は猟師と虎の所へ案内すると、おどろいた猟師たちは虎をかついで下山した。街は大変な騒ぎとなった。今まで旅人はおろか、街の人々まで恐れさせていた人食い虎が退治されたのだから、当然だろう。担がれた大虎の死骸を前に、輿に乗せられた武松を後ろにと、街をねり歩く。人々は素手で大虎を倒した豪傑ともてはやし、ひと目見ようと大変な混雑となった。
役所に招き入れられた武松は、知事と対面し虎退治の一部始終を語った。知事は大いに喜び、新しい着物に着替えさせ食事と休息を得たあと、武松に賞金を与える事となった。
しかし武松は偶然にも虎と出会い退治する事ができたのだと少しも鼻にかける様な事はせず、賞金は人食い虎の為に悩まされた猟師の方々で分けてほしいと言う。
武松をひと目見て気に入っていた知事は、武松の竹を割った様な性格をみこんで、県の都頭に取り立てる事にした。武松も生まれ故郷の清河県は隣りだし、いつでも兄には会えるだろうと都頭の取り立てを大変喜んだ。
かくして虎退治の武松は陽穀県の都頭となった。職に就いての数日間、武松の仕事ぶりを見るに、知事の覚えもよく街の評判も高い。ある日、一人の男が武松を呼び止めた。
