物語 第十八回

朱仝の芝居


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 何清が兄に向かって語った事とは、博打に負けたある日、何清は字が書ける事から宿屋の帳簿の記帳を頼まれた。その日七人の棗売りが宿屋に泊まり、姓名の記帳した。
 七人の棗売り達は全員、張と名乗り開封へ向かうと言う。しかし、その七人の中に以前厄介になった事のある東渓村晁蓋の顔があった。
 その翌日にあの事件が起き、数日して何清の耳にも十万貫強奪の犯人一味が七人の棗売りと一人の酒売りだと聞いた。犯人は宿屋に泊まったあの連中ではないかと疑い、記帳の写しをとった。

 そして棗売りが宿屋を出て行った後、遊び人の白勝が酒売りの格好で酒樽を天秤棒で担いで歩いて行く姿を見た事を話すと、何涛は事件解決に光明がみえたと、何清を連れてその足で急ぎ役所へと向かう。
 何清の証言を聞きおえ、知府は大いに喜び、すぐに数人の役人を手配して、白勝逮捕を何濤に命令した。まず白勝を捕まえて白状させれば七人の正体も判明するとふんだのだ。
 知府の指示をうけ、何濤・何清兄弟は手下を引き連れ白勝の家がある安楽村へと夜どうしで向かった。そして白勝の門を叩いた。
 まさか捜査の手がここまで伸びているとは知るよしもない白勝であった。

 白勝の家へと踏み込み病気の為、床にふせっていた白勝と妻を捕らえ、家内を捜しした結果、ついに例の生辰綱十万貫の盗品数点が床下の土の中から出てきた。
 証拠の品が出てきた為、どうして反論できよう。白勝と妻は言葉もなく、真夜中に役所へと引っ立てられた。そしてあくる日の朝まで数々の拷問をうけ、ついに主犯である晁蓋の名を白状したのだった。
 これで晁蓋が生辰綱強奪犯の主犯である事がはっきりとした。翌朝早く知府は公文書を手配し、何濤に晁蓋逮捕の命令をだした。生辰綱運搬に携わった虞候二人を首実験に同行させ鄆城県へと向かわせた。

 道を急ぎ昼前には鄆城県へと着いた何濤達はひとまず宿屋に落ち着いた。事が漏れてはと、とりあえず何濤一人で公文書を県役所に届ける事となった。
 何濤は県役所前までくると辺りはひっそりとしていた。ちょうど執務が終ったところであり、皆食事に出払っているのであった。何濤は県役所の向かいにある酒屋に入って、主に今日担当の役人をたずねた。
 丁度その時、酒屋前を横切る一人の役人を目にした。酒屋の主がいうには、その役人か今日の担当だろうという。何濤は急いで酒屋を出て、役人を追いかけて行き声をかけ呼び止めた。二人は挨拶を交し、役目にて話しがあると言い、何濤はさきほどの酒屋へと誘った。

 何濤の話しかけた人物とは、鄆城県にて押司を勤める人物、呼保義の宋江、字は公明。背が低く色黒の容姿からはうかがえぬ義の人として好漢中に名を広げ、金ばなれがよく、広く江湖の漢達と交わりを深めている。
 たいへんな親孝行者といわれ、困っている人を進んで助ける為、人は及時雨と呼ぶ。鄆城県役所での仕事の手際も鮮やかで、知県の信頼も厚い。上から下から人々は宋江を慕い、悪く言う者などいなかった。
 上座の席に着いた何濤は宋江の名を聞き、噂に高い及時雨の宋公明と知りひれ伏くした。山東のみならず宋国全土に宋江の名は広がり、誰からも一目置かれる存在であった。

 席に着いたところで何濤は用件を切り出した。火急の用件との事、話しの中に日頃より交際を深めている人物の名が上がった事、宋江も何濤の言う事、ひとつひとつを逃さず聞いたていた。
 黄泥岡で起こった生辰綱強奪事件を皮切りに、北京にて提轄を勤めていた楊志の逃亡、痺れ薬をもった酒売りの逮捕。その酒売りの自白にて、犯人は鄆城県内に住む者である事がわかる。強奪犯人として手配されている七人の棗売りの旅商人、その主犯格が東渓村の保正、晁蓋という人物である、と事細かく話した。
 何濤は犯人逮捕の協力をあおぎ、全力をあげ盗品の回収を知府から命じられた事を明らかにした。

 宋江は何濤の口から義兄である晁蓋の名が出た時、なんと大それた事をしでかしたのか、と心を痛めた。しかし、自分が救ってやらねば晁蓋は間違いなく命はないであろうと考えた。
 宋江は表情を変えず受け答えをし、何濤を欺く策にでた。兄弟の難を何とか助けてやりたい為、食事にて知事の不在をいい事に、公文書は直接手渡してほしいと何濤を酒屋で待たせ、自らの用件を済ませた後で、知事の出勤とともに同行するとして、ひとまず酒屋を出た。
 何濤にとっては、この時偶然担当であった宋江に事を明らかにした事、晁蓋という人物を知らべずにいた事が間違いであった。

 酒屋を出たところで宋江は部下の一人を呼び、急いで馬をひかせて飛び乗り、知事が出勤してもすぐに戻 ると何濤を足止めさせろと命じた。この時の宋江には、少しでも時間をかせぎ晁蓋を逃がしてやる事しか頭 になかった。宋国の為に身を投じ、悪人を懲らしめる職にありながらも、義を重んじる事を強く思い、裏切 りに対する迷いなどは一切無かった。
 すでに一刻の猶予もない。なんとしても晁蓋を助けるべく、宋江は東渓村へと馬に鞭を打った。  はたして晁蓋の身を役人の手から助ける事ができるか否か、息をはずませた宋江は馬から飛び降り、晁蓋 屋敷の門を叩いた…。

 急遽、宋江訪問の知らせと聞いた晁蓋。共もつれず一人で現われたところを見ると、なにやら黄泥岡の事件に関する事ではなかろうかと不安を胸に、急ぎ屋敷の門まで出てきて挨拶を交した。
 二人は人の無い処へ行き、宋江から黄泥岡の事件について切り出した。息弾ませつつ宋江の言葉に、晁蓋はまさかまさかと驚くばかり…はじめてここで白勝の自白から事件が露見し、我が身に危機がせまりつつある事を知ったのだ。
 ひごろから晁蓋とは親しく兄弟として付き合いを交していた宋江は、晁蓋の命危なしと感じ、急ぎ事を済ませよと晁蓋に指示する。晁蓋は思う、三十六計逃げるに如かず。この大恩、無駄にしてはならぬと。

 ちょうど屋敷に訪問していた呉用、逗留中の公孫勝・劉唐を呼びだし、宋江に挨拶をさせた。また、この実行に加わった石喝村の阮三兄弟らを含めた七人である事を宋江に話し、晁蓋ら四人が礼をすると、宋江は馬にまたがり役所を急ぎ目指した。
 以外にも早い事の露見に驚く晁蓋達、ここは阮三兄弟の住む石喝村へと一時逃げ込み、あるいは梁山泊へと思いを巡らせるのであった。
 宋江の名は、つと世間では天下の義士として知られていた。我ら七人の為に身の危険なげうって知らせてくれた人物が、その宋江だと後で知った呉用・公孫勝・劉唐の三人であった。

 宋江は急ぎ何濤の待つ酒屋に戻ると、何濤は店の前で待ちくたびれている様子。すでに知事は出勤していたので、宋江と何濤二人は役所の門をくぐった。
 挨拶を済ませ早速公文書を知事に提出する。それを読んだ知県は、日頃評判の高い晁蓋が生辰綱強奪の主犯である事におおいに驚いた。が、しかし太閤蔡京から直々の事件解決への令である。知県は大急ぎ晁蓋を召し取れとの指令を飛ばした。
 しかし、まったをかけた宋江。白昼では事が漏れては…と知事に進言すると、日頃から一目置く宋江の意見を取り入れ、闇夜に紛れての実行が良いと、ただちに部下の都頭二人を呼びつけて指示した。

 二人の都頭は美髯公の朱仝と插翅虎の雷横である。知県は二人の腕をかい、この件の担当とした。朱仝と雷横は何濤から詳しく事件のいきさつを聞き、知事から綿密な作戦で晁蓋を捕えよと指示をうける。
 我が身の進退がこの件にかかっている何濤。もちろんこの捕り物に参加する意思を伝え、朱仝・雷横二人に加わる。朱仝は騎兵を率い、雷横は歩兵を率い、なおかつ兵士百人ほど加わった大捕り物の準備がこの日行われた。
 その頃、晁蓋の屋敷では宋江の注進から、石喝村へ逃げ込む手はずが整えられていた。すでに呉用と劉唐は財宝・家財などを数台の荷車にまとめて先に出発。しかし、残った晁蓋と公孫勝は屋敷の後片付けに少々手間どっていた。

 ひっそりと夜も更けた頃、朱仝・雷横二人の都頭、それに何濤は馬にまたがり、隠密に東渓村は晁蓋の屋敷へと兵を進めた。屋敷裏の抜け道を知る朱仝は裏手に伏せ、雷横を表門から踏み込む様にと指示した。
 晁蓋屋敷では、ころあい良しとして晁蓋は公孫勝と手分けして屋敷に火をかけた。屋敷の使用人達は付いてきいきたい者だけを同行させ、その他は金をやって去らせた。すでに火は屋敷中に広がりつつある。
 宋江の注進がなければ、直ちに捕り手の兵達に晁蓋達は捕えられていたであろう。しかも捕り手の頭には義に強く、日頃から晁蓋と付き合いのある朱仝と雷横であったため、晁蓋に逃げる時間を与えたのだ。

 まず雷横は表門を打ち破り、声を張り上げ屋敷に踏み込んだ。見れば屋敷の中から火の手が上がっている。裏手の朱仝率いる兵達も同じく裏門を打ち破り、声を張り上げ踏み込む。
 そもそも朱仝と雷横の二人は晁蓋を助けたい、捕えてはならぬと考え、それぞれの意思で晁蓋をかばっていた。知恵で一枚上手の朱仝は表から攻める雷横に追い込まれた晁蓋を裏から隙をつくり逃がす考えだった。雷横は頭を働かせつつも生一本の性であるゆえ、思う様には行かない。その性格をうまく利用した朱仝の思惑通り、追い立てられた晁蓋達は朱仝の張る裏手へとやってきた。
 朱仝は兵を散らし、晁蓋を見るなりわざと隙を見せ道を空けた。

 一目散に逃走を計る晁蓋は朱仝には目もくれず、公孫勝は使用人を守りつつ裏門から逃げ出し、晁蓋は殿を勤める。
 朱仝、賊は表門だと大声を上げつつ、一人晁蓋の後を追った。屋敷の中は昼間の様な明るさ。広い屋敷のいたるところから火の手が天高く燃え上がっている。雷横率いる兵士達はすでに猛火の中、賊は居まいと屋敷門外へ退き、裏手の朱仝の兵と合流した。
 逃がすつもりで追う朱仝だが、晁蓋は命危なしと張り合う。朱仝は後に続く者なしとして武器を収め、はじめて晁蓋に話しかけると、捕えるつもりは無いから早く逃げろと道を急がせた。

 言葉数は少ないものの、朱仝の助ける意を悟った晁蓋は礼をいい公孫勝達の後を追った。朱仝は晁蓋の姿が見えなくなるのを認めると一安心。合流した雷横と兵士達を呼び寄せ、ともに賊の後を追いかけた。
 しかし、晁蓋達はすでに逃げ去ったあと。朱仝は賊を捕えられなかった事を大いにくやしがり、同様に雷横も賊の逃げ足の早さに驚く。これ以上、闇夜を追いかけるのは危険なうえ、兵士達も疲れているので、ひとまず役所へと引き返す事となった。
 晁蓋達は無事石碣村へと逃げ込み呉用と阮三兄弟に合流した。


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