物語 第十三回

北京大名府


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 大名府にて副牌軍を勤める周謹に梁世傑の声がかかった。梁世傑は楊志の武芸は聞いていたが、一度は北京の猛者達の目の前で武芸を見せつけたうえで、指揮官の座に就かせようと思案した。
 楊志にとっては願ってもない事、梁世傑にとり入られ武官にでも就ければ代々武門の家柄に泥をぬらずにすむ。楊志は梁世傑の期待に答えるべく武装し、副牌軍周謹と相対した。
 楊志と周謹は梁世傑に一礼すると、馬上で槍を構えた。始めの合図とともに周謹は楊志に向かって馬を走らせた。対する楊志、槍をしごきつつ周謹に向うはまさに獣。この迫力には周謹も圧倒されるほどすさまじいものだった。

 槍を構えて馬上にてわたり合う事数十合におよんだ。しかし、周謹は青面獣の好敵手とはいえなかった。槍先を外した槍と言えど、楊志の圧倒的勝利で周謹はたじたじになった。
 つづいて弓の腕比べとなったが、やはり武芸十八般を極めた楊志の弓術におよぶものではなかった。周謹はこの弓比べで肩を射られ負傷した。梁世傑は全軍の前でこの勝負の結果、楊志を周謹の就く副牌軍の位を与える事にした。
 しかし、楊志と周謹の試合を見て納得いかない牌軍の一人が梁世傑の前へと進み出てきた。この人物こそが北京軍一の短気で有名な急先鋒索超である。

 弟子である周謹の失態を埋めるべく、索超は大鉞をかかえ梁世傑へ進言してきた。軍兵の大半は楊志の副牌軍の就任には不服を表わしている。そのまえにまず自分を倒してからだ、言わぬとばかり息をはずませて楊志の前に立ちはだかった。
 かくして、索超と楊志は北京の広い連兵場にて向かい合った。互いの鋭い眼光は相手を睨んだまま、武器を握りしめ騎馬にまたがる。とりまく兵達の歓声が高鳴った。
 梁世傑は二人の兵馬都監の李成と聞達の意見を聞き、索超と楊志の試合の結果にまかせる事にした。二人の豪傑を前にやや興奮気味で椅子に座り試合を眺めた。

 駿馬にまたがる二人の得物は、索超が長柄の金色の斧、見事な炎の彫りものがほどこされている。楊志は渾鉄の点鋼鎗を自由自在に身体の一部として使いこなす。
 はじめの合図とともに両者両馬は激しく当たった。急先鋒の綽名のごとく索超はいきり立ち真正面から大斧を振りかざす。楊志も槍を巧みに扱い見事に受け止める。突く鎗を長柄でかわし、円を描くかの様に金色の斧が流れる。見る者達の目を釘付けにするには十分すぎる戦いが繰り広げられた。
 やがて大斧と神槍、渡り合う事四五十合にもおよんだが、勝敗はつかなかった。聞達は命を落とすような事があってはと、引き分けにするようにし梁世傑は合図を鳴らした。

 見事な戦いに兵達は高く歓声を上げる。索超の猛者ぶりを改めて見せつけられた兵達は息詰まる思いを震わせていた。息をのむ真剣勝負に決着はつかず、銅鑼の音に互い得物を収めた。
 五分と五分の戦いを終え、北京一の猛者を相手に一歩も引く事のなかった楊志の強さも改めて見せつけられた李成・聞達の両兵馬都監、そして梁世傑。皆異存はなく、この勝負を引き分けとし両者を軍の提轄使に任命した。
 一兵卒から官軍提轄使にとりたてられた楊志は、代々武官を勤めた楊家の名を取り戻した。この事から楊志は梁世傑に忠義を尽くして仕え、梁世傑も何かと目をかけ、そばに仕えさる様になった。

 幾日かが過ぎ、梁世傑と蔡夫人との間では今年も蔡大臣への誕生祝を送る準備に追われていた。昨年は十万貫もの祝の品をすべて山賊・追い剥ぎ等に奪われる始末。面目を保つ事と地位を保つために、今年は入念な準備が進められた。
 北京の隅々から集められた金銀財宝の数々、この荷を無事に開封へ届ける為の人材選びに梁世傑は思案した。北京軍に数多くの猛者はいるが、強く信頼できる者といえば限られる。梁世傑は一人の男に期待を持った。その男こそが青面獣楊志その人である。北京に来て日は浅いが、忠誠心強く文武両道の人物。この役目、楊志をおいて他には無いと決断した。
 娘聟であっても舅の引き立てなくして、この地位は守れない時代であった…。

 さて済州の鄆城県では、県役所にて捕り手達に号令する人物がいた。名を時文彬といい、最近この地へ派遣された。この人物、宋朝の数少ない良史として名が通っていた。
 昨年起こった、北京から蔡京へ送った生辰綱の強奪事件を踏まえ、厳しく警戒に念をおした。話し半分に捕える役人の中にも顔一面に憤慨を表わし今にも立ち上がろうとする二人の捕り手がいた。一人は騎兵都頭の朱仝といい三国志の関羽を思わせる胸下までのびる見事な髭に人々は美髭公と綽名する。もう一人の相方はおよそ七尺は跳躍力を持つという雷横、人々は挿翅虎と綽名している。両人ともに武芸はもちろんの事、人々に慕われ義に厚い人物として知れている。

 時文彬の号令を他人事と聞き流す役人。我こそは宋朝の為にと気を高める役人。ともに鄆城県の人々を守る役にありながらも、賄賂に弱く民に辛くあたる役人も少なくはない。民に慕われる人物こそがこの時代に必要な人材である。
 良史としての器をもつ時文彬の目は早速、朱仝・雷横の強い視線をとらえていた。まずはこの二人の都頭にと、巡回の命令を出した。それぞれ部下を引き連れて管轄内を警戒させ、賊の徘徊を見つけ出せば捕え、困っている民には助けの手を差し伸べる。管轄内の治安を維持する事こそ、犯罪を未然に防ぐ事と考える時文彬であった。
 速やかに朱仝・雷横は手下を集めて巡回を始めた。

 二十人程の部下を連れ、県役所を出た朱仝は西門から役所を出て巡回を始め、雷横は東門から村道の巡回を始めた。しばらくして東渓村の丘にある大紅葉の木で二人は合流して情報を交換し、再び復路を進んだ。
 朱仝達の巡回では何事もなく、こそ泥一匹見つからない夜だった。かたや雷横、とある古廟の前を通りかかったところ、人気の薄い古廟の扉が少し開いているのを目にした。怪しく思った雷横は、朴刀を抜き廟の中へと足を踏み入れた。
 何か人気を感じた雷横は奥へ進み、流れ者風の巨漢の男が横たわっているのを発見した。早速手下に不審な男を捕えさせた。男の方も激しく抵抗はするも、結局十人程の手慣れた捕り手達に縄をうたれた。


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