すやすやと眠っている我が子を見て、 「 この子は今どんな夢を見ているのだろう? 」 と思うことがあります。 子供が見ている夢を、 リアルタイムで私が見ることができたとしても、 それはきっと、 子供が見ている夢の、 ありのままの姿ではないと思います。 観察者が見ている物を、 別の観察者が観察すると、 いったいそれはどのように見えるのでしょうか? それに答えてくれるのが、 逆ローレンツ変換なのです。
本書には、 これから3種類の観察者が登場して来ます。 まず、 静止している物質だけを観察する人です。 これを 第0観察者 と呼ぶことにします。 次に、 いろんな方向にいろんな速さで等速直線運動している多数の第0観察者達が見ている物々を観察する人、 それを 第1観察者 と呼ぶことにします。 最後に、 第1観察者に対して等速直線運動をしている人が、 多数の第0観察者達が見ている物々を観察する場合です。 これを 第2観察者 と呼ぶことにします。
この章では、 第0観察者の観察内容から、 第1観察者の観察内容を導いていくことにしましょう。 それには、 d r 0 = 0 であるという条件下での逆ローレンツ変換を利用します。
まず、 (式 4-10)の逆ローレンツ変換を用いて、 t と r の微小変化がどのように座標変換されるかを考えることにします。 第0観察者の座標系を ( r 0 , t 0 ) 、第1観察者の座標系を ( r , t ) とし、 限りなく 0 に近い微少変化を表す記号として d ( デルタ ) を使用します。 すると、
・ ・ ・ ・ (式 5-1)
したがって、 ( d r ) 2 − ( d t ) 2 = ( d r 0 ) 2 − ( d t 0 ) 2
・ ・ ・ ・ ・ ・ (式 5-2)
さあ、 これから、 速さ v の等速直線運動系の中で静止している物質は、 静止している慣性系では、 どのように運動していることになるのか、 考えていくことにしましょう。 つまり、 第1観察者に対して速さ v で移動している第0観察者が観察している静止している物質を、 第1観察者が観察すればどのように見えるのかを、 考えていくことにしましょう。
第0観察者が観察している静止している物質は、 常に d r 0 = 0 を満たします。
d r 0 = 0 の時、 (式 5-1)は、 以下の2つの式で表せます。
・・・・・・・・(式 5-3)
・・・・・・・・(式 5-4)
ここで、(式 5-3)より、
だから、 これを(式 5-4)に代入して、
d r = v × dt となります。 ・・・・・・・(式 5-5)
また、 (式 5-2)は、 d r 0 = 0 の時、 次のように表すことができます。
( d t ) 2 = ( d r ) 2 + ( d t 0 ) 2 ・・・・・・(式 5-6)
(式 5-3) 〜 (式 5-6) が、 第0観察者が観察している物質を、 第0観察者に対して速さ −v で等速直線運動をしている第1観察者が観察すれば、 どのように見えるのかの、 答えです。
さあ、ここで問題です。
d t は、 さまざまな物質がさまざまな方向にさまざまな速さで運動しているのを観察している第1観察者の時間であり、 d t 0 は、 静止している物だけを観察している第0観察者の時間です。 では、 いったいどちらが絶対的な時間で、 時計の針を進める源になる時間なのでしょうか?
答えは、 第1観察者の時間です。 観察する者を中心にして、 さまざまな運動をする観察される物々があり、 それらがいろいろに比較されるというのが、 自然界でも人間の意識の世界でも、 当たり前のことです。( 宗教の世界は、この逆みたいです。) したがって、 d t が絶対的なものであり、 基準となるものです。
このことを理解してもらうために、 図0501 を見てください。
これは、 (式 5-6)を図式化したものです。 横軸が r 、縦軸が t 0 となっています。 d t は、座標 ( dr , d t 0 ) の原点からの距離になっていますね。

次に、 図0502を見てください。 d t が一定の中で、 d r と d t 0 が(式 5-6) の条件を満たしながら、 変化していっているのがわかると思います。
図0502
観察される物質が観察者に対して静止している場合は、 d r = 0 となり、 物質の運動は、 t 0 軸上のベクトルで表されます。
(式 5-6): ( d t ) 2 = ( d r ) 2 + ( d t 0 ) 2 の、 d t 0 を 固有時間 ( 相対時間 ) といい、 d t を 時間 ( 絶対時間 ) といいます。 固有時間 というと、 なんだか不変的な時間のように思われますので、 私は、 固有時間 のことを 相対時間 と言うことにしています。
相対時間とは、 第1観察者が観測する第0観察者の時間のことです。 つまり、 静止している観察者によって観測された、 観察している物質と同じ速度で等速直線運動をしている観察者が通り抜ける時間のことです。
第0観察者が第1観察者に対して静止している場合には、 相対時間は絶対時間と等しくなります。 それは、 (式 5-3)で v = 0 の場合であり、 (式 5-6)で d r = 0 の場合です。
第1観察者を観察の主人公とする時空間である。
4次元時空間は、 3次元の空間と1次元の相対時間から成り立っている。
表面的には、 第1観察者系と第0観察者系が混合した4次元時空間座標である。
絶対時間をパラメーターにして、 万物は絶えず速さ
で、 この4次元時空間を
イプシュタインの時空間の一例を示してみます。 考えやすくするために、 空間を1次元とします。 物質Aと物質Bは瞬間的に速度を変えることができ、 2つは常に等しい速度で移動 ( 静止を含む ) するとします。
観察の開始時の2つの物質が存在する時空点を次のようにします。
物質A :
物質B : 
そして、 2つの物質は、 最初の
に光速の6割で正の方向に移動し、 次の
に静止し、 最後の
に光速で正の方向に移動しました。 観察が終了した瞬間の2つの物質が存在する時空点は次のようになります。
物質A : 
物質B : 
2つの物質の移動を、 イプシュタインの時空間を使って、 次の 図 0601 に表してみます。
図 0601

イプシュタインの4次元時空間座標では、 物質の軌跡の「 道のり 」 が絶対時間を表します。 物質が本当に存在している位置や時刻を表すには、 空間座標 と 絶対時刻 が必要ですが、 相対時刻は必要ありません。 そういう意味では、 「 イプシュタインの4次元時空間は、 仮想時空間である。」 と言えます。
で移動しているBさんがいます。 A君の座標系からBさんの座標系への変換は、 次の式で与えられます。 この式を、 私は 「 逆ローレンツ変換式 」 と言っています。


と
の値によっては、 ルートの中がマイナスになります。 ルートの中がプラスになる場合は 「 空間的領域 」 と言われます。 また、 ルートの中がマイナスになる場合は 「 時間的領域 」 と言われます。 ミンコフスキー空間で、 時空原点を通過して移動する物質が存在可能な時空点を表した時の、 ライトコーンの内側になる領域が 「 時間的領域 」 です。
かかって移動したとします。 つまり、 観察開始時に光子が存在する時空点を
とし、 観察終了時に光子が存在する時空点を
とします。 すると、 次の式が成り立ちます。
・ ・ ・ ・ ( 式 6-1)
と 時空点
をそれぞれB君の座標系の時空点に変換すると、 次のようになります。

と
との時空間距離の2乗は、 次のようになります。
と
と 
・ ・ ・ ・ ( 式 6-2)
と表されます。 そこで、 次のような考えが私の頭に浮かんできました。
や 時点
は任意の
や
ではなく、
の関係が成り立つ場合の
と
ではないのか?
は、 光子が移動する相対時間であると考えます。 (
ですから実際は移動しないのですが ) そして、 物質は光子と違って相対時間を移動すると考え、 それを
と置き、 次のような式を仮定します。

まず、 d r 0 = 0 の条件下で、 (式 5-1)の 「 微少時空間の逆ローレンツ変換 」 による変換を2回繰り返してください。 すると、 第0観察者が観察している物を第2観察者が観察するとどのように見えるかを、 求めることができます。



新しい座標系で観察された物質の運動の速さ ( v’ ) は、 d r’ ÷ d t’ で求められますから、 次のようになります。
・ ・ ・ ・ ( 式 7-1)
で移動している。
で移動している。
であるから、 光子は光源の速度に関わら
で移動する。」
で伝わる。」 と考えると、 次のことを言うことができます。
: エーテルに対して静止している観察者にとっては、 光の速さは
である。
: エーテルに対して速さ
で移動している観察者にとっては、 その移動の方向に伝わ
である。
で移動しているエーテルを、その逆
で伝わるのと、 同じことだから。
: エーテルに対して静止しているA君にとっての、 エーテルに対して速さ
で移動して
である。
であり、 かつ、 A君にとってのBさんの速さ
だから。
と
の値が同じになっています。 このように、 主観的な観察者にとっても第3者的な観察者にとっても、 速さは変わらないというのが、 相対性理論が誕生するまでのニュートン力学です。
: 光は媒体を必要とせず、 どんな観察者にとっても、必ず速さ
で伝わってくる。
: 光源に対して速さ
で移動している観察者にとっては、 その光源から放たれる光
である。
: 静止しているA君にとっての、 A君からまっすぐに速さ
で遠ざかっているBさんに
である。
は、 第3者的な速度であり、 光速不変の原理を礎にしている相対性理論においては、 不要 かつ 有害 なものである。 第3者的な速度は、 相対性理論を混乱させる幻の速度でしかない。」 ということについては、 第9章 と 第11章 と 第12章 で述べることにします。「 観察者にまっすぐに近づいている、 または、 遠のいている物質Aから、 垂直方向に物質Bが投げ出された時、 物質Bの垂直方向の速さは、 物質Aと同じ速度で運動している人が見た速さよりも遅くなる。 ということは、 物質Aと同じ速度で運動している人に比べて垂直方向の時間はゆっくりと進むのだ。」 と妖怪が言います。
そこで、 ちなみに、 彼に次のような質問をしてみましょう。
「 垂直方向の時間の進み方だけがゆっくりになるというのは、 納得がいきません。 だって時間は1次元ですからね。 だったら、 垂直方向の空間が伸びると考えてはどうですか? 結果は同じでしょう。」
すると彼は、 こう言います。
「 ハハハハハ、 愚かな人間どもよ。 お前達の考え方では、 たちまち次のような罠に陥ってしまうのだ。 思い浮かべてみたまえ。 今、 2つの同じサイズのリングが互いに向き合いながら、 両側から高速で飛んできて、 お前の目の前で衝突した。 しかし、これを右のリングと同じ速度で飛んでいる帝釈天が見れば、 2つのリングは衝突せずに、 左のリングが右のリングの外を通って飛び去ってしまい、 左のリングと同じ速度で飛んでいる阿修羅が見れば、 2つのリングは衝突せずに、 右のリングが左のリングの外を通って飛び去ってしまう。 どうだ、 わかったか! お前達はいつも、 悪や善を勝手に作り出しては、 どちらかのレッテルを貼って、 いろいろと区別しているが、 そもそも ・ ・ ・ ・ 」
を私は 「 相対的垂直速度の法則 」 と言っています。
で等速直線運動をしています。 物質Aは、時刻
に第1観察者と同じ位置にあり、 Y軸方向に運動しています。 物質Aが、 時刻 
の時の位置を
とすると、 次の式が成り立ちます。
・ ・ ・ ・ ・ (式 7-5)
で等速直線運動をしている第2観察者が観察したときに、 物質Aの運動が次の式たちで表されたとします。 ただし、 2人の時空原点は重なるとします。

が
と
を用いてどのように表されるか、 考えてみましょう。




であることがわかります。 したがって、 第2観察者とっての物質Aの速さ
は、 次のようになります。
かつ
のとき、
です。
または
のとき、
です。
時空原点を通過して、 第1観察者系で速さ v 1 で等速直線運動をしている物質の、 第1観察者に対してそれと反対方向に速さ v 2 で等速直線運動している第2観察者系への座標変換の式







時空原点を通過して、 第1観察者系で速さ v 1 で等速直線運動をしている物質の、 第1観察者に対してそれと垂直方向に速さ −v 2 で等速直線運動している第2観察者系への座標変換の式






A’D’ : 光の軌道
B’D’ : 光の軌道
O D’ : 第1観察者の軌道
私の慣性系では、 列車の最前部の光源 と 列車の最後部の光源 から、 2つの閃光が同時刻に放たれる。 もちろん2つの閃光は同時に私に衝突する。
私の慣性系では、 列車の最前部の光源から放たれる閃光が放たれた空点 と その閃光が彼女に衝突した空点 との空間は、 列車の最後部の光源から放たれる閃光が放たれた空点 と その閃光が彼女に衝突した空点 との空間よりも、 短い。
と
より、 私の慣性系では、 彼女は2つの閃光とは別々の時刻に衝突する。 ( 彼女は2つの閃光を異なる時刻に観察する。)
したがって、 彼女の慣性系でも、 彼女は2つの閃光とは別々の時刻に衝突する。 ( 彼女は2つの閃光を異なる時刻に観察する。)
一方、 私の慣性系でも彼女の慣性系でも、 列車の最前部の光源が位置する空点 と 彼女が位置する空点 との空間は、 列車の最後部の光源が位置する空点 と 彼女が位置する空点 との空間と、 常に長さが等しい。
彼女の慣性系では、 閃光が放たれた空点 と 光源が位置する空点は、 同一の空点である。
したがって、 彼女の慣性系では、 列車の最前部の光源から放たれる閃光が放たれた空点 と その閃光が彼女に衝突した空点 との空間は、列車の最後部の光源から放たれる閃光が放たれた空点 と その閃光が彼女に衝突した空点 との空間と、 長さが等しい。
と
より、 彼女の慣性系では、 列車の最前部の光源 と 列車の最後部の光源 から、 2つの閃光が異なる時刻に放たれ、 彼女は2つの閃光を異なる時刻に観察する。 」
で、 列車の長さの半分の距離の値よりも少ない距離を、 列車の長さの半分の距離の値よりも少ない時間で、 列車の中の人に伝わる。』 からといって、 『 列車の中の人からすると、 光は、 列車の長さの半分の距離 を 列車の長さの半分の距離の値よりも少ない時間で、 自分に伝わる。』 とは言えないのです。 なぜなら、 後者の文章では、 『 列車の中の人からすると、 』 と言っておきながら、 光が伝わる時間がプラットホームの人の座標系に属しているからです。
ですので、 光が伝わる時間と距離は等しくなくてはなりません。 列車の中の人の座標系の時間と空間を用いればそうなるはずです。 空間も時間も列車の中の人の座標系のものを使用しない限り、 列車の中の人の観察内容は正確にはわからないのです。 」
です。 相対性理論は、 「 第3者的な観察では本当のところの正確な観察は不可能であるので、 常に当事者の立場に立って考えなければならない。」 と、 私たちに語りかけてくれます。



です。 ということは、 光源に対してさまざまな速度で移動しているすべての観察者は、 自分の座標系では ( 自分の座標系では、 自分は静止しています )、 光が光ってから、 その時点での光源と観察者との空間距離の値に等しい時間後に、 その光を見るということです。 ですから、 もし観察者が同じ距離だけ離れた空点から放たれた2つの光を同時に見たのであれば、 2つの光は同時に光ったことになるのです。 しかし、 第2観察者が、 第3者的に、 移動している第1観察者が光を見たところを観察する場合を考えた時には、 そうはならないのです。
離れているならば、 被観察者は
の時間早くまばたきをすればいい。」 という誤った考え方をしてしまうことになります。 実際には、 2人が同時に瞬きをした時は、 お互いに相手の方が遅れてまばたきをしたように認識するのです。 相対性理論は、 「 情報がどのように観察者に伝わり、 それが観察者からどのように認識されるのか?」 ということに関しては、 言及していません。 なぜなら、 相対性理論は、 観察者の認知を追及する 「 認識論 」 の理論ではなくて、 観察者の主観的な時空間における物質の客観的な運動を求める 「 物理学 」 の理論だからです。
を示しているという情報が同時に飛び込んできます。 このことを観察している 図0902 の第2観察者は、 次のように考えて混乱していきます。
第1観察者が言ってるように、 両方の時計が
を示しているという情報が第1観察者に同時に飛び込んでいったことは、 まず間違いない。 第1観察者にとっては時計は両方とも合っているのだ。
でも、 図0902のように、 私からすると、 2つの時計が光った時刻は、 どちらも
ではないし、 別々の時刻に私の眼に飛び込んでくる。 先に私の眼に飛び込んでくる先に光った時計は
よりも早く光ったのだから進んでおり、 後に光った時計は
よりも後に光ったのだから遅れている。 そうだ、 これが同時刻性の消失なのだ。
しかし待てよ!? 第1観察者と私(第2観察者)の観察内容の違いは、 列車の速さだけである。 私は、 第1観察者でもあるのだ。 ということは、 私の観察内容は、 図0901に似ており、 2つの光源の速さが速くなっているだけのことではないのか?
しかも、 私にとって移動している第1観察者も、 第1観察者にとっては移動していないのであるから、 私と第1観察者の両方ともが移動していない図を重ねてみよう。 すると、 このとき列車の速さは異なるけれども、 2つの時計は2人にとって同時に光り、 しかも、 光の伝わる速さは、 光源の速度には無関係でどんな慣性系でも一定なのだから、 2人にとって、 同時刻 (
) に 「時計は
の時刻に光りましたよ。」 という正確な情報を持った2つの光が2人の眼に飛び込んでくるのではなかろうか?
ということは、 本当は、 2人とも同時刻に、 2つの時計が同時刻に光ったことを知るのだが、 相手のことについては、 そのようになっていることが、 お互いにわからないというのが真実なのではないだろうか?


で等速直線運動をしている人が観察した状況を、 光が放たれた時空点を時空原点として、 図1002 に表してください。

の大きさも
の大きさも、 共に
です。